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動け歩道 国宝 鳥獣戯画のすべて /東京国立博物館

 東博の鳥獣戯画展の会期が20日間も延長された。
 鳥獣戯画は何度も観ているから、今度はいいかなと思っていた。全巻を通期公開、修復後の姿といったセールスポイントに魅かれはするのだが、いかんせん、人混みが嫌いである。平成館の特別展と聞けば、大混雑は必定。つい逃げ出したくなる。
 それでも逡巡していたのは、ベルトコンベアーのせいだ。
 今回の展覧会では、来場者はベルトコンベアー、通称「動く歩道」の上に乗せられ輸送されながら、鳥獣戯画を観ていくのだという(甲巻のみ)。
 わたしが思うに、この方式には、ふたつほど利点がある。
 ひとつは、鑑賞者が自動的に流れ、滞留が生じない点。通常の環境では特定な場面で立ち止まる者が多く、人流に淀みができてしまう。人間の体でいえば、血管に血栓ができるようなものだ。ベルトコンベアーでサラッサラの血流を実現。
 もうひとつは、隣の鑑賞者との距離をとることができる点。追い越しなどもできないようだから、前後の人を気にせずに作品に集中できる。
 速度についてもよく配慮されているようで、鑑賞を妨げぬ程度には速く、輸送待ちの行列を溜めない程度には遅いのだという。
 このために費やされた莫大であろうコストが心配だが、とにかくよく配慮されたシステムだと思う。
 この鳥獣戯画展、もとの会期が5月いっぱいであったから、逡巡しているうちに終わってくれればなどとこっそり目論んでいた。ところが、会期が延長されて言い訳がきかなくなってしまった。
 やれやれ腹を括るかと予約のサイトを開いてみたはいいものの、どの日付も灰色でクリックができない……チケットは瞬殺だったようだ。
 ご縁がなかったと、そう言うしかあるまい。

 ちなみに、ベルトコンベアー方式にはさらにもうひとつの利点があるのではと考えている。
 それは、「絵巻を右から左へ順繰りに観ていくという体験を、来場者の目と頭と身体に刷りこむことができる」ということ。
 日本を含めた東洋の美術の画面は、右から左へと観ていくようにつくられている。英語の文章は左から右へ横書きするが、日本語の文章では右から左に縦書きしていくのと同じく、東洋的な空間・時間の流れは「右から左」と決まっている。絵巻も屏風も右から左へ観ていかねばならず、そこに許される自由はない。
 そういった基本的な作法を知らないまま、絵巻や屏風を前にして左方向から流れてくる人は案外多い。
 ベルトコンベアーの存在が、そんな状態を軽減するきっかけになりはしないかと期待している。もうこうなったら、鳥獣戯画展はいくらでも混雑してくれていい。みんなを乗せて、動け歩道。動け、動け……それでこそ、予約がとれなかったあきらめもつくというものだ。


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