熊谷守一美術館 38周年展:1 /豊島区立熊谷守一美術館
熊谷守一美術館では、開館記念日の5月28日に合わせ、毎年春に「●周年展」を開催している。
38とは半端な数字だが、そもそも周年事業というのは、5や10の倍数にかぎっておこなうものでもなかろう。個々人の誕生日だって、毎年お祝いをする。創立記念日は、いつだってめでたいのだ。
「●周年展」は、他館所蔵のモリカズの作品を借りてくる、スペシャルな展示である。今回は、昨年に続いて愛知県美術館の「木村定三コレクション」から、20点が到来。木村から熊谷守一美術館へ寄贈されていた3点を加えた23点ほどが、1階の展示室に並んでいた。
木村定三は、熊谷守一の最大のコレクター。200点以上あるというから、今回豊島区へやってきたのは全体の10分の1となる。
モリカズ作品のほかに、近世の文人画、茶陶、仏教美術、近代では小川芋銭など3000点あまりが、愛知県美術館へ一括で寄贈されている。与謝蕪村《富嶽列松図》と浦上玉堂の2件、計3件の重文を擁する。
こうして名を挙げただけで、それとなくでも伝わるものがあるように、木村定三コレクションに含まれる作品には、ジャンルの違いを超えて趣味に一貫性がある。
すなわち、飄々としているようでいて、芯や核といった部分がすごくしっかりしている……そんな作品が、集まっているように思うのである。
そういった意味でも、モリカズの作品は木村定三コレクションを象徴するものといえよう。
本展のキャプションには、木村定三・編『熊谷守一作品撰集』(日本経済新聞社 1969年)の解説文が、しきりに引用されていた。
たとえば、ポスターにもなっている《たまご》。
鶏卵が4つ、お盆に置いてある——それだけといえば、たったそれだけのこの絵に対して、木村は「法悦感」「厳粛感」をみたという。
観る者もみな、なんとなくは感じ取っているのではないだろうか。
卵とお盆だけ、描く。立体感や写実性もなく、ただ描いてある。そのことの異常さ、解せぬ感覚……
この描きぶりの超然とした態度から受け取られるものを、木村は「法悦感」「厳粛感」と表現したのだ。
おそらく作者に訊いても、こちらが勝手に期待しているような答えは、返ってこなかったのではないか。そこを木村は、よく翻訳して言語化しているのでは——そのように感じる場面が、本作にかぎらず何度かあった。
《猫》の猫には、ひげがない。
木村の解説を読むまで、わたしはそのことに気づかなかった(猫と暮らしているにもかかわらず)。
猫にとってひげは、平衡感覚にも関わる不可欠なものであるが、画家が猫を描き、造形化を試みるとき、ひげは必ずしも重要な要素ではない……木村の見立ては、そういったものだった。
なるほどたしかに、わたしはひげがなくとも、この絵のモチーフを猫だと認識できたではないか。ひげのないことに、気づかないまま。
やはり木村定三という人は、上っ面でなく、芯や核をまっすぐに見つめた人であり、同時にモリカズの非常によき理解者であったのだなと思われた。(つづく)
※木村家の飼い犬を描いたとみられる《犬》
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