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Tokyo Story

 東京五輪・閉会式のしょっぱな。日本国旗の入場時に、耳覚えのある音楽が流れてきた。開会式ではゲーム音楽が多用されていたので「これもそうだったかな」と当たりをつけて記憶を探っていたところ、はたと気がついた。

 「東京物語だ!!!」

 一瞬でもゲーム音楽かと疑った自分が恥ずかしい。
 じつのところちょうど、そろそろ小津調が観たいな、麗しの原節子さんを拝みたいなと思っていたところだった……と言ってしまうと後出しじゃんけんのようだが、本当なのである。
 『東京物語』は英題でも“Tokyo Story”。16日間にわたって主に東京を舞台に繰り広げられたアスリートたちの物語――というようなことでいえば、たしかにこれもまたひとつの「東京物語」なのであろうが、小津の『東京物語』はむろんそんな話ではない。
 国立競技場のフィールド中央に運搬される巨大な日本国旗を見ながら浮かんできたのは、尾道訛りの「ありがー↑と」、東山千栄子の臨終、笠智衆の「やっぱりあんたはいい人じゃよ」、原節子の泣き崩れる姿、子どもたちの歌声、煙を上げてカーブを曲がる蒸気機関車、瀬戸内の水道を行く船の出すポンポンポンという音。
 さらには、『東京物語』というタイトル自体がそもそも皮肉めいているというか、都会を冷ややかに見ているところが多分にあるからどうなんだ……などとも。こうなってくるともう、五輪どころではない。
 でもまあ、いいじゃないか。
 会場にいたどれほどの人数がこの曲を認識していたかはわからないけれど、『東京物語』は日本人が思っている以上に世界で知られているようである。それに、あの哀切な調べはこうして聴くと厳かで、格調高く響いてくるように思える。入場曲としても、続いて流れた「君が代」へのつなぎとしても悪くなかった。
 個人的なことだが、小津映画視聴への(わたしのなかでの)モチベーションも上がった。劇中で『東京物語』のオマージュがあるらしい山田洋次監督の最新作『キネマの神様』はどうかな……これに関してはもうちょっと考えたい。

 閉会式のハイライト・盆踊り大会のパートに至って、「ああ、そういえばもうすぐお盆だな」と気づく。無邪気に手の振りを真似る外国人アスリートを見て、祭典はかくあるべしだなと思った。

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