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あれから13年 ただの都会に感じられるようになったバンコク ー第1章ー(1) 家出ハウスの住人たち

ー宿の雇われオーナー「おばあちゃん」
おばあちゃんはいつも、自分の地元イサーンの郷土料理であるソムタムを、頭上高く結わえ付けられたテレビに向かって、パイプ椅子の上で胡坐を組み、2~3時間も食べ続けていた。食べ続けるといっても、量を食べる訳ではなく、独特の歯ごたえのあるソムタムを、何度も何度も噛み砕いては、喉に流し込んでいた。イサーンの人で顔のエラが張った美人が多いのは、良く噛んでものを食べてるからだと思う。
モチ米を食べる時もそうだった。何度も何度も噛み砕いては、時には指で小さく丸めたりして、パパイヤから染み出た汁に浸けてから、口に放り込む。おばあちゃんから教えて貰ったこの食べ方は、その後何処に行っても関心された。「何でおまえは、その通の食べ方を知ってるのか?」と。

多くは語らないから、分からない。でも毎朝おばあちゃんが落ち葉を掃いてる姿を見て、意味もなくほっとした。共有スペースで、夜遅くまで騒いでると、隣接するおばーちゃんの部屋のカーテンから除く、鋭い目。この家出ハウスの空気感は、最終的には全てがおばあちゃんだった。

ー宿の下働き、やる気なし男「Ruby」
全くもってやる気のない、筋肉質で美白のイケメンタイ人。彼の手伝いと言えば、たまに庭を掃いているのを見かけるぐらいだった。テレビの下にある一畳ほどの、(自分を振り返る為に)最高の修行部屋に寝泊まりしていたが、彼にとって、それは大した問題ではなかった。日傘を差した美人の彼女Ployを連れていて自慢げなRubyと、良く近所の道端で出くわした。

やる気はなかったけど、直感的に悪い奴ではないと感じていた。タイでは、表面的にいい奴が、一番悪い奴だったりする事が良くある。Rubyは、外国人である僕らにも、別段これと言って興味なし。我が道を行く、マイペースで愛すべき人物だった。

ラムカムヘン大学に通いながら働いていたRubyだが、ランパーン県出身で独特の早口でしゃべる為、後に僕がタイ語をある程度習得した後も、彼のタイ語が聞き取れたことはなかった。


ーゲイのカップル 「BestとMax」
近所のホテルにやってくる売春目当の白人を相手に、商いをしていた2人。それでも「お前さっきトイレで小便した時、隣りの奴のあそこ見てたろッ!」と言って、熱湯を掛け合うような大喧嘩をして何度も宿を追い出されていたし、売春は銭稼ぎの為に行いながらも、2人は愛し合っていた。たまに僕なんかは、白人顧客相手のショートメールを打つ手伝いなんかもしていた。日常会話程度の英会話ならできたけれど、学がない彼らは、簡単な英単語の読み書きすらできず、大切な顧客との待ち合わせすらままならなかった。

僕を含め、宿の男性住人や旅行者達は、南部出身で褐色肌のBestに、そのクリクリの目を見開いて、嘗め回すように見られていたし、ニンニクの殻を剝いている時や、バナナを食べている時に出食わそうものなら、卑猥な仕草と言葉を浴びせられた。本当に2人がお互いどういう感情を抱いて付き合っているのか、愛なのか何なのか、何度考えてみても分からなかった。Bestがある種強引な形でMaxを愛してるのは分かってたけど、愛し方は歪んでいた。Bestは執拗に愛を求めているのに、Maxはどこの男にでも付いて行くような、尻軽男だったからだ。


ードイツへ出稼ぎに行った彼氏を待つ女の子「Nick」
Nickは褐色肌の、19歳の女の子。タイ人にありがちな、熊さんのイラストが描かれたようなネグリジェを平気で着て、宿を迂回していた。ノーブラのネグリジェからは乳首が透けていたが、不思議とセクシーさを感じる事はなかった。
宿で1,2を争うトラブルメーカーで、住民やご近所さんとしょっちゅう問題を起こしていた。そのくせ、みんなから批判されると、「みんなが、いじめる…」と言って泣き出すようなズルさも兼ね備えていた。生まれながらにして培ってきた術なのだろう。

ある日など、近所の定期市でウサギを買ってきて、宿内で放し飼いにし始めたものだったから、ウサギが居なくなった時なんかは、みんなに大捜索させていた。ウサギのこと、愛してるけど、自由にさせてあげたいのか、それともただ単純に責任感がなかっただけなのか。

そもそもNickがこの宿に居るのは、彼氏の知り合いであるオーナーのおばあちゃんに、浮気や問題行動を起こさないように見張られる為に、半軟禁状態で放り込まれているのだった。ドイツに出稼ぎにいっている彼も彼で、Nickの携帯電話が繋がらないや否や、すぐ宿の家電に電話してきた。何度、電話を取次いであげたことか、分からない。
その後Nickは、想像を絶する形で宿を後にする事となる。

ー謎のマッサージ師「Joy」
「あのお姉さん、良く見かけるな」と思ったら、いつの間にか家出ハウスに住み着いていたJoy姉さん。住み着いていたと言っても、お金が無くて、知り合ったNickの部屋に転がり込んで来ただけだった。近所のナイトバザールのマッサージ屋で働いていたが、稼ぎが足りず、宿に張り紙をしたりして、出張マッサージもしていた。1時間100バーツなのに、本当に上手で、1,000バーツくらいの価値はあった。文字通り、ツボを心得ていたし、その道をさらに極めて欲しかった。

おっとりしたしゃべりで、実直な人。若い時に夫を亡くした未亡人で、田舎のスリンに残してきた2人の子供を養う為のお金は、全くと言っていいほど足りていなかった。だから、返って来ない事を承知で、1万バーツ貸してあげたのだ。

ー後でラオス人だって知った「Tomy」
共有スペースで、良くおばあちゃんと話しながら、ソムタムを食べていた。長い艶のある髪で、肌は色黒の、いわゆるアジアンビューティーだったが、口髭はボーボーだった。
宿には通称「修行部屋」と呼ばれる、窓なし、極狭(セマクテ)の部屋が3部屋ほどあったが、Tomyもその一部屋に住んでいた。ドアを開けたら、病院の診察台のようなベットが一つ、それがこの部屋の全てだ。
彼女がラオス人だって知ったのは、もっとずっと後のことだった。アジアンビューティーな顔を活かして、外国人の彼氏ができないかなー?というのが、Tomyがここに住みだした理由の1つだったように思う。
明るさの中にも、人間としての礼儀を感じたりして、ラオスに行ってみたいなと思わされたりした。

※登場人物は、全て仮名です。

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