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『ヘベムニュラの落星(おちぼし)』06

(01) https://note.com/kobo_taro/n/n52895d13d196
(02) https://note.com/kobo_taro/n/n2fa61e863c7d
(03) https://note.com/kobo_taro/n/n3714e1ae6566
(04) https://note.com/kobo_taro/n/nc4c2e5954b4a
(05) https://note.com/kobo_taro/n/n4589cc684f0c

 赤灯が明滅し、ぼくの住むアパートの外壁を染めている。工藤を家に送り届けた後、まっすぐ自宅へ帰ってきたぼくの前にはそんな光景が広がっていた。何事かと、その場に立ち尽くしているとちょうどアパートの敷地の入り口近くに仁王立ちする警察官の一人がぼくに近づいて声をかけてきた。
「きみ、中学生だろう? いま何時だと思っているんだ。野次馬していないで早く家に――」
警察官はぼくの数歩前で突然立ち止まり、言い切る前に言い淀んだ。その後、何事もなかったかのように持ち場に戻った。ぼくは彼の横を恐る恐る通り過ぎる。
「ごめんなさい。ここ、ぼくの家です」
 さっさと行け。小さな声でそう促し警察官はぼくに目も合わせずないままじっと立っていた。ぼくは構わずアパートの敷地へ入った。
数棟奥の家で何かがあったらしい。最近はよく人が死ぬ。ぼくは自宅のドアを開けて中に入った。

 家の中は、嵐のあとのように荒れていた。割れた皿や、明滅するブラウン管が床に散らばり、壁がはがれて穴がぼこぼこと空いている。足の踏み場もなかった。部屋の奥からのっそり現れた母親の彼氏は帰宅したぼくを認めるとぼくの目の前に立ちふさがった。
「お前か? 」
「なに? 」
「何じゃねえよ」
 母の彼氏は壁紙のはがれた壁に拳を打ち付けてさらに穴をあけた。どすりと重たい音が鳴る。
「お前、そんなに俺が憎いのか。あんなもの連れ込みやがって! 」
「だから、何のこと? 」
 彼はおびえた様子だった。壁を叩いてぼくを威嚇しているが、普段のふてぶてしさが微塵も感じられなかった。
「しらばっくれるな! あれのせいで何人死んだと思ってる! アパートの前の騒ぎを見ただろうが」
「言ってる意味がわからな――」
 ぼくは首をつかまれて途中で声がつまった。
「ふざけるな、ふざけるなよ……まだ家の周りにいるのか……? 」
「わからない……わからないです! 」
「何も知らないならなんであれがこの辺をうろついてるんだよ! 宿主はお前しかいねえ! 」
 宿主……? なんの? 酸素の回らない脳がうまく思考を結ばない。
「わからな……くるし……たすけ」
「いや、まて……お前が宿主なら……なんでお前は人間の形をしている? 」

 その時だった。どしんと。母の彼氏の背後で質量のある足音のような音が鳴った。一瞬、それに気を取られて首の拘束が緩む。ぼくはぼくの首を絞めていた指にかみついた。
母の彼氏は悲鳴をあげてぼくを殴りつける。あごを殴られて朦朧とするぼくは立ち上がれなかった。

 クソ……どこからはいって やめろ! 、いてえいてえいてえ。
ククが背後から母の彼氏に襲い掛かったのだ。床に突っ伏したぼくの顔に生温い飛沫がかかって気持ち悪かった。ククは背中に張り付いて牙を肩口に突き立てている。母の彼氏はククを引きはがそうと必死だった。
母の彼氏は近くの壁に背中ごとククを打ち付けるように、何度も何度もぶつかった。ようやくはがれたククへ一撃サッカーボールを蹴るように足を振り回した。ククはそれを一歩退いて避けた。母の彼氏はその隙にぼくをまたいで玄関から脱出した。ククはそれを追いかけようとしたが、
「クク、だめだ。追いかけるな! 」
ぼくがそう言うと大人しくなった。ククはぼくの自室に戻った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ひとまずぼくは部屋を掃除することにした。母になんと言い訳をしようかと考えたが、何を言っても結局納得はされないと思い途中で考えるのを止めた。不思議なことに荒れていたのはリビングだけで、母の寝室もぼくの自室もきれいなものだった。散らかり放題のリビングを片付けているときに、なぜこの場所だけこのような惨状なのか合点がいった。

 ぼくははがれた壁紙の一つの穴、その奥に空間を見つけた。なにごとかと手を入れてみると冷たい鉄が触れた。確かな重量を持つそれをぼくは映画やドラマの中でしか見たことがなかったが、間違いなく実物の拳銃だとわかる。母の彼氏はこれを探していたのだ。人の家にこんなものを隠す厚顔無恥さに呆れつつも、向けた対象の命を握りこむような硬く冷たい感触にぼくは年齢相応の興奮を覚えた。彼はこれでククを撃とうとしていたのかもしれない。片づけを終えると自室のベッドにすぐに横になった。泥のような眠りだった。

(kobo)


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