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『ヘベムニュラの落星(おちぼし)』17完結


「気になってたんだけど、それ誰にもらったの? 」
ぼくと工藤は、盗んだバイクで『遠く』を目指していた。二人乗りで交代で運転しながら真っ直ぐな道をひたすら走った。今はぼくが運転しているところだ。
時間帯のためか、世間で騒がれる人口減少のためか、ぼくたちが走る道路にぼくたち以外の車両はいなくて、真っ昼間から包帯だらけの中学生二人が大袈裟な荷物をぶら下げているにもかかわらず、関心を払う大人はいなかった。
工藤はぼくの首にきらめく赤い石を見ながら綺麗だねと言った。
「市波がくれたんだよ」
「嘘」
「ほんとだよ」
「彩瀬のセンスじゃないもん。あの子がそんな女々しいものを持ってるわけない。ユタラプトルの爪なら信じたけどね」
 あの激戦の後、朝日の光にほどけて消えたククの死体の中から、ぼくはこの赤い石を見つけた。血液を丸く結晶にしたようなそれに触れたとき、何故かぼくはそれが市波だと確信した。ずっとそばにいてくれたことの嬉しさや彼女が死んでから話したかったことは山ほどあったはずなのに、ぼくが最初にこぼした言葉は――
「ティラノサウルス? なんで? 」
「いや、市波の将来の夢だよ。ティラノサウルス……」
 工藤は大笑いした。ぼくたち以外に誰もいないので憚る必要もないが、そこまで人の夢を笑わなくてもと思った。
「彩瀬らしいや」

 工藤はなんだか嬉しそうだった。

 ぼくたちはあの戦いの後、すぐに合流した。工藤が完治する前に病院を抜け出してきたのだ。薬局でアスピリンを万引きしたその足でぼくたちは青山の屋敷へ向かった。
ある懸念、確信に近いそれの答え合わせのためだった。青山の屋敷は外観の豪華さに比べて中は人の管理を離れて長い年月が経っていることは明らかなほど寂れていた。
 そして、屋敷の使用人とも、まして青山自身とも出会わないのには訳があった。

 ぼくは不注意でそれを蹴飛ばしてしまい。謝罪しながら元の位置に戻した。人間の、この屋敷に住んでいた人の骨である。

 とっくの昔に、青山たちは負けていたのだ。
 すでにぼくたちの街はヘベムニュラと宿主の餌場になっていた。

 つまり、青山は私刑によって宿主の中のヘベムニュラを封じ込めると言っていたが、前提が真逆だったのだ。
 青山を含む学校の人間がぼくに対して攻撃的で、なおかつぼくが人間に、いや、同族に見えなかったのは、ぼく以外の全員が宿主だったからだった。
 その日から一週間、ククと怪物の死闘から数えて二週間を待たずして、街の不審死が劇的に増加した。外部から来たマスコミ関係者の失踪なども相次いだ。みんな食べられたのだ。

 おそらくこのヘベムニュラの拡大、工藤はこれを『目をつけられる』と表現していた、はぼくらの街で終わらずに日本中へ、いや地球全てへ波及するだろう。ぼくたちはヘベムニュラのない土地へ、最後の瞬間まで逃げ続けることにした。

「後ろから車が来たよ。なんか珍しいね」
 工藤が背中で明るく言った。ぼくは一応サイドミラーで後方を確認する。乗用車はなんだか急いでいる様子だったので、ぼくは追い越しさせた。
 後方確認のたびにサイドミラーにぼくと工藤の顔が映る。

 工藤もぼくも人間の形をしている。

(おわり)





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 読了おつかれさま&ありがとうございました。本作品は昨年秋の文フリ東京にて販売した『故買屋 いわくのあるものを扱う店』に参加した際に執筆したものです。スキとか感想とか頂けたらうれしいな。今月末2022年5月29日の東京会場へも参加予定です。本作を収録した作品集も再販予定ですので会場に足を運んだ際はお越しいただけましたら大変幸甚です。来る文フリの参加告知や詳細記事は次週にて。

それでは。

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