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岩手旅行記

はじめに

 旅行に行くきっかけとなったのは「文学フリマ岩手」に行ってみたいからだった。同日に、行ってみたい行事ごとがもう1つあったのだが、最終的に文学フリマを選んだ。
 このnoteでは、それ以外の観光の事を書こうと思う。文学フリマについては次のnoteに記すので、そちらを見て頂きたい。

遠野物語の舞台へ

 今回の旅行は、17・18日の1泊2日旅行だった。遠野へ行ったのは1日目である。
 まず私は岩手へ向かう2日前に、柳田國男の『遠野物語』を購入した。買った理由としては、事前学習のためである。最後まで読めたかといえば答えは「NO」で、読み始めたのは、行きの新幹線と電車の中からだった。
 前日は早めに寝たはずが2時間毎に起きる始末、だが寝坊せずに済んだ。しかし、持っていくスーツケースの鍵を家の中で紛失し、余裕だったはずの時間は鍵探しに当てられることとなった。結局鍵は見つからず、無防備な状態で出ることになってしまった(無事何もされなかった)。

 閑話休題。
 遠野へは、新幹線は新花巻で降り、釜石線でそこへ向かった。
 花巻と言えば宮沢賢治が有名だ。今回の旅行で宮沢賢治記念館に行こうかとも思ったのだが、時間の都合と過去来訪の経験があったので、今回は行かなかった。
 行きがけで驚いたのは、交通ICカードが使えなかったこと。全ての駅で使えないというわけではないが、遠野へ行くには有効範囲外だった。切符を買うのを苦に感じないタイプなので、素直にそれを買って乗車した。
 車窓から眺める景色はのどかだった。生憎、雲が多く晴れとは行かなかったが、逆にそれが遠野の不思議な雰囲気を醸し出していたように思う。

車窓からの景色

「遠野郷は今の陸中上閉伊郡の西の半分、山々にて取り囲まれたる平地なり。新町村にては、遠野、土淵、附馬牛、松崎、青笹、上郷、小友、綾織、鱒沢、宮守、達曽部の一町十か村に分かつ」

(『遠野物語』から引用)

 この記述通り、電車が遠野に近づくと、辺りには山々がそびえ立ちはじめた。平地とは言っても周りを山に囲まれているので起伏はできる。丘陵地だ。
 車窓から見えた景色で、山の尾根2つ、拡がる裾野、ぽつぽつと並ぶ家に田んぼというベストショットな景色があったのだが、ぼんやりと眺めているうちにこれを逃したのが悔しいところだ。

 遠野駅に着くと、昔ながらの人の手による切符切り(スタンプだが)を通過し、いよいよ遠野の地へと足を踏み入れた。
 記事トップに設定した写真は、遠野駅ホームにあるもの。これは河童の置物で、青く細長い柱の上にはベルが付いていて、鳴らすことができる。
 駅舎を出ると、広場を中央としたロータリーがあり、その広場には、遠野の河童の彫刻が飾られた池があった。とっさにきゅうりが頭に浮かんだが、銅像にきゅうりをあげても仕方がない。

 遠野で観光したところは、遠野市立博物館・とおの物語の館だ。どちらも駅正面の通りを直進し、道中にある看板の案内に従えば着くので、簡単である。

遠野市立博物館

 博物館の手前には赤い鳥居があり、これは南部神社のものだと思われる(中へは立ち入らなかった)。
 博物館館内へは、急な坂を登っていく。

博物館へと続く、急な坂
博物館外観

 館内では、遠野の成り立ちが『遠野物語』と絡めて展示してあった。電車内で読んだ分だけだが「ここは読んだところだ」と分かるところもあり、それが嬉しくもあった。
 歴史的なことだけではなく、遠野の行事ごとについてだったり、遠野の人達の暮らしぶりだったり、2階では『遠野物語』を楽しめるシアターがあった。シアターの内容については、遠野の方言でこれが語られる。正直何を言っているか分からないところもあったが、映像は楽しめた。3、4本見たところで我に返ったほどである。
 面白いと思ったものがある。タッチパネルモニターで見る昔の遠野の賑わい、遠野の四季のミニチュア展示、遠野のヨメ日記の3つだ。

●タッチパネルモニターで見る遠野の賑わい
 展示室2にあったモニターには大通りの映像が流れており、右から左へと流れている。流れていく間に、「米屋」「魚屋」「警官と子ども」などのタッチして詳細を見る項目があり、店や人々の様子を見ることができる。登場人物たちは皆方言で喋っており、時折こちらに語りかけてくる。
●遠野の四季のミニチュア展示
 展示室3の中心にあった模型。ガラスケースには印刷された文言があり、それが何かと見てみれば、遠野に伝わることわざだった。各季節1つずつある。
「畑蒔桜(はたけまきざくら)が咲いたら種まきの季節」
 これが一番印象に残ったことわざだ。畑蒔桜とは、エドヒガンという桜のことで、これが咲く頃に種まきをするといいという意味らしい。
●遠野のヨメ日記
 これも展示室3にあったものだ。ヨメというのは、そのまま嫁と変換する。これは、遠野に住んでいる菊池京子さんという人が綴った日記だった。日記は展示室内に点々と散らばっており、全部で4冊あった。内容は、遠野の文化のこと、遠野での暮らし等々。菊池さんは絵も上手く、それを見てより理解できたこともあった。
 菊池さんの日記には家族のことも書かれており、特に「エジコ」というものの記述が気になった。エジコというのはいわば揺りかごのようなもの。見た目は普通の編んで作った籠なのだが、その下に棒切れを仕込み、揺りかごのように揺らして赤ちゃんをあやすらしい。

とおの物語の館

 博物館へ行くには橋を1本渡るのだが、その橋は大手橋(おおてばし)と言い、流れる川は来内川(らいないがわ)と言う。この川にはヤマメやウグイがいるらしい。

大手橋の袂。小さい、仙人のような姿の彫刻もあった。
遠野と石塔というのは縁深く、それに関連するものだろうか(詳しくは『遠野物語』へ)。
来内川


 再び大手橋を渡って左折、来内川沿いを歩いていると右手側に和風建築が現れる。竹柵の所まで来ると、そこがとおの物語の館の入り口になっている。付近には柳田國男の銅像が鎮座していた。
 とおの物語の館は複数の施設で構成されている。行かなかった所もあるが、今回は行った所を記録する。

●伊藤家
 向かってすぐに訪ねたのは、食事処であるここだった。ちょうどお昼時だったからだ。店内は釣り針のような形になっており、厨房を経由してから客席に着く。壁向きのカウンターもどき席、釣り針のカーブに当たる所には座敷、テーブル席もあっただろうか? ここで余計な話をするならば、何だか既視感のある造りだったことだろうか。
 話を戻して、食べたものの話をしよう。伊藤家はそば処で、遠野産のそばを使ったメニューを取り扱っている。様々あるメニューの中から、私は舞茸天ぷらのそばを選んだ。

伊藤家の舞茸天ぷらそば

 もっぱら食べるのは海老天、芋系天ぷらくらいなのだが、ここで初めて舞茸天ぷらにチャレンジしてみた。熱々ということから揚げたてだということが分かる。笠部分はそんなに味は無いんだなと発見しつつ、芯を食べた瞬間口内に広がる旨味に衝撃を受けた。「味濃い……」というのが、素直な感想である。
 そばの方は喉越しがよく、噛みごたえも少々あった。久しぶりにそばを食べたので、改めて美味しいと実感できた次第である。そば湯も付いてきたので飲んでみたのだが、そば湯の飲み方が朧気だった。麺つゆの器に入れて飲んだのだが、これは果たして合っていたのだろうか?
●劇場 遠野座
 遠野の昔話は「むかしあったずもな」から始まり「どんどはれ」で終わる。朝ドラでもおなじみの『どんど晴れ』があるが、どんどはれの「はれ」は「払う」という意味らしい。
 ここでは昔話の語り部が行われており、遠野の方言で遠野の昔話を聞ける。『遠野物語』に通ずる話も多く、これに関しては座敷童子の話を聞くことができた。
 余談として、語り部の人が話を始める前に「どこから来たの?」なんて世間話を繰り広げていたのだが、その中で熊本から来たという人がいて、県民でもないのに「遠路はるばるよく来てくださいました」という気持ちになった。
●昔話蔵
 この施設は子ども向けのようで、見て・触れて・聴いて昔話を知ることができる。全国的に知られているようなものから、遠野で少し違う部分がある昔話、完全遠野昔話もある。
 子どもにも分かりやすいように絵付きのパネルがそこここに置かれており、そこにお話が書かれている。ほか、プロジェクターで照らされた台があり、その上には昔話に関連する置物が展示されている。これに触れると、プロジェクターがその昔話の登場人物のシルエットを映し出してくれる。「これは何の昔話だったっけ?」と確かめてみるのもよいだろう。
「よく作られているな」と思った展示物がある。それは遠野昔話の『天さあがった男』だ。
 最初にこれを見た時、とても縦長な展示物で「はて、どう見るのか」と思った。近くでこれを見ると布でできており、昔話の内容と番号が振ってあった。展示物の右脇にはレバーがあり、どうやらこれを回して見るものらしいと分かる。明らかに話の途中だったので、まずは最初まで戻すところから(反対方向には回せないので、ひたすらぐるぐる)。この話はタイトルから分かる通り天に上がった男の話なのだが、話が進むにつれ布は上に進み、下から話が出てくる。このからくりが面白いと感じた。
●柳田國男展示館(旧高善旅館)
 柳田國男が滞在した旅館を改装し、彼についての展示館となった建物。高善旅館には柳田のほかに、折口信夫、ニコライ・ネフスキーらも滞在。度々話をしていたらしい。
 建物では靴を脱ぎ、スリッパで中を巡るのだが、昔そのままの造りなので、板の間はともかく畳の上をそのまま歩くのは中々に奇妙な体験だった。
 私は建築にも興味があるので、(ここに来るまで存在を知らなかったが)ここを見ることができて大変嬉しかった。

夢中になっていたから……。

 1日目の日程はこれで終わり、あとは盛岡まで行くのみとなった。電車の時間はいつだったかと予定表を確認、現在時刻を確認。なんと、乗るはずの電車の出発時刻になってしまっていた!
 あまりの衝撃におたおたしてしまったが、ネットで時刻表を確認し、その電車に乗るために遠野駅へ戻る。そういえば、行きでICカードは使えないけど帰りがどうか分からなかったので駅員の人に聞けば、やはり使えない。
「盛岡まで行きたいんですけど……」
「次の電車、17時ですよ」
 耳を疑った。私が元々乗りたかったのは15時台の電車。ネット時刻表には16時台の電車があるが、駅舎の時刻表には無い。ここでさらに混乱したのだが、ネットで詳細を見ると納得。16時台の電車は日常で運行している電車ではなく、特別列車だった。
 謎が判明して納得したと同時に、待ちぼうけを食らうことになり気が抜ける。仕方がないのでその間に遠野のお土産を買い、『遠野物語』を読みつつ電車を待つのだった。
 どんどはれ。

遠野駅の観光案内所で買ったお土産。
左はおまんじゅう、右はおせんべい。
遠野市立博物館で買ったお土産。
右下のストラップのみ、遠野駅内売店にて購入。
2日目、帰りに盛岡駅で買ったお土産。
馬ッコもなかパッケージの家は「曲り家」と言い、馬と人が同じ屋根の下で暮らす町屋の一種である。

総括

 初めての一人旅だったが、大変有意義な一日となった。
 今回は行く場所を施設しか見ていなかったので、遠野のカッパ淵や曲り家などがある事を知らなかった(駅に戻る時の道路看板で知った)。そこだけ後悔があるので、次回遠野へ行く時は絶対に行きたい。
 柳田國男や民俗学に興味のある人、地元とは違う文化にふれてみたい人は、遠野を訪れるとよいだろう。

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