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神戸に本拠地を構える全国最大の暴力団「山口組」。曖昧になる「ヤクザ」と「カタギ」の境界について取材記者が解説します

はじめまして。ネコトラです。

日本最大の暴力団「山口組」の分裂抗争で、対立する「神戸山口組」の中核団体「山健組」が、山口組に合流することで合意したようです。

今の暴力団はなぜ分裂したり、合流したり、出戻ったりを繰り返すのでしょう。それは警察の規制強化などで「これがヤクザ」と枠組みされていた形が変わり、社会の「裏」と「表」を隔ててきた境界にゆがみが生じてきたことの延長線上にある話です。

私たちがチームで手掛けた連載「ゆがむ境界~現代裏社会事情」(2018年9月)からお伝えします。

山健組は神戸市中央区に事務所を構え、もともとは山口組傘下の最大勢力でした。それが2015年8月、他の12団体と共に山口組を抜けて神戸山口組を立ち上げ、抗争状態となりました。

この6年間、その神戸山口組では若い組員たちが離脱して「絆会」(旧・任侠山口組)を結成し、いわゆる親子抗争も繰り広げています。

その三つどもえの抗争の中核にいたのが、山健組です。山口組に復帰すれば今後、情勢が大きく動く可能性があります。

① <排除と容認>
  あいさつ料 10年で2億円
  店主「自ら組に払った」

特暴隊

 兵庫県内最大の歓楽街、神戸・三宮。
 ネオンが輝きを増すころ、警察官6人が通りに現れた。腕章には大きな「暴」の文字。指定暴力団山口組が3分裂状態となった2017春、県警が発足させた「歓楽街特別暴力団対策隊(特暴隊)」だ。
 1人の男がパトロールを避けるように、酔客に紛れ通りを曲がる。ラフなジーパン姿からは想像しにくいが、指定暴力団神戸山口組系の50代の組員だ。
 2015年に山口組から分裂し、三宮で強い影響力を持つ神戸山口組。組員はせわしなく携帯電話を耳に当て、時折、路上で客引き行為をする若い男らに声を掛けている。
 「客引きの場所をグループごとに細かく割り当て、飲食店でトラブルがないか、対立する組員が出入りする店がないか、などの情報も報告させている」と、特暴隊員が解説する。
 こうして張り巡らした情報網でキャバクラやスナックなどに食い込み、資金源のあいさつ(みかじめ)料を集めるのだという。
 「取材拒否」
 組員は鋭い目つきで記者の質問を遮り、付け加えた。
 「逮捕はされたが、身の潔白が証明されたやろ」

特暴❷

 2017年春、神戸山口組から一部組員が離脱し、新たな指定暴力団となる任侠(にんきょう)山口組を設立。衝突を警戒する県警は、三宮の飲食店約5千店と暴力団の関わりを調査した。
 すると、過去約10年間に2億円超のあいさつ料が暴力団に流れた疑いが浮上。恐喝容疑で神戸山口組系組員5人を逮捕した。
 だが神戸地検の判断は全員、不起訴。壁となったのは、店主らの「自ら支払った」という証言だった。
 店主らが本当に、自ら望んで払ったのかは分からない。ただ、あるクラブの女性経営者は客に飲食代数十万円を踏み倒され、旧知の暴力団員に「回収」を頼んだ経験を語った。

特暴❸

 「警察に逮捕してもらっても取り返せないと思った。違法かもしれないけど、背に腹は代えられないでしょ」
     
 山口組が分裂する3年前の2012年、パチンコの業界団体などでつくる財団法人「社会安全研究財団」(当時)が全国の約2千人から回答を得た調査に、こんなデータがある。
 暴力団を「決して許されない存在」とした人は65・9%。片や「必要悪の面もあり、許されない存在とも言い切れない」が26・5%と、暴力団を一定「容認」する答えが3割弱あった。
 一方で、住民を脅かす凶行は後を絶たない。
 神戸市中央区で歯科医の男性を巻き添えで死亡させた山口組最高幹部射殺事件(1997年)、神戸市西区の男子大学院生を拉致、集団暴行し殺害した事件(2002年)…。2017年9月には神戸市長田区で組員射殺事件が起きた。
 「不良外国人や半グレ(と呼ばれる不良集団)から街を守っている」
 神戸山口組系の組幹部は、対立組員と思い込んで三宮の街頭で無関係の男性を殴り、傷害罪に問われながら、2017年末の公判でそう豪語した。

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 2011年に施行された県暴力団排除条例は、組事務所などを規制するとともに、県民にも責務として「暴力団と一切の関係がないよう努め―」と求める。
 県警は近くこの条例を改正し、三宮など特定の歓楽街であいさつ料の授受が確認されれば、暴力団だけでなく、払った店側にも罰則を科す構えだ。その効果は―。
    ◆  ◆
 全国最大の指定暴力団山口組が分裂し、事態は県内に本拠を置く3団体の対立へと複雑化。警察の規制強化で組員が減る一方、組織からの「偽装離脱」や一般の経済活動への浸透など潜在化も指摘される。かつてヤクザ社会を囲っていた「境界」が形を変え、いびつさを増す今、裏社会の実相に迫る。

(2018年9月18日付朝刊より)

特暴❹

記事で紹介した組員らは今日も夜の街を「巡回」と称して歩き回っています。私たちを「取材拒否」と突き放しましたが、どうやって稼いでいるかを聞くと、振り払うようにしてこう言いました。

「こっちから誰かに金を要求したことはない。『ありがとう』と言われて差し出された分を、ありがたくもらっているだけや」

記事に出てきたクラブの女性経営者もそうですが、暴力で手っ取り早くもめ事を解決しようとしたり、警察でない人に守ってもらおうとしたりする需要が世間にある限り、暴力団の根絶は難しいのかもしれません。

一方で、取材した組員を、一目で組員と分かる人はほとんどいないと思います。そして、組員の周りにいた若い男たちは組員ではないようです。

誰が組員で、組員でないのかが見えにくくなっているのはなぜでしょう。事件の裏舞台から分け入ります。

② <グレーゾーン>
  素性隠し 組員把握困難に

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 「山口組」の名を冠した指定暴力団が三つどもえ状態となって136日目の朝だった。
 2017年9月12日午前10時ごろ、神戸市長田区。
 任侠(にんきょう)山口組の代表織田絆誠(よしのり)(51)らを乗せた車3台が織田邸を出た。トラブル警戒の捜査員が見守る中、車列が路地へと入った数分後、辺りに乾いた銃声が響いた。
 捜査員が走って駆け付けると、織田の護衛役の組員が路上に倒れていた。
 頭を撃たれ即死だった。血だまりのそばで立ちすくむ別の組員が口を開いた。
 「代表が狙われた。ヒットマンは、黒木だ」
 
 連絡を受け、神戸市中央区の兵庫県警本部9階にある組織犯罪対策課で担当者がパソコンのキーボードをたたく。
 アクセスするのは「Gデータ」と呼ばれる暴力団員のデータベース。所属組織や所有する車、交友関係などが警察庁のホストコンピューターで一元管理され、詳細な情報は県警でも数人しか照会できない。
 射殺の実行犯とされる「黒木」は親分から授かった通名で、本名は菱川龍己(たつみ)(42)。所属は神戸山口組の最大組織・山健組の傘下の一勢会(岡山市)。事件4日後に殺人容疑で指名手配され、今も逃亡を続ける。

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組員射殺事件直後、現場を調べる捜査員=2017年9月、神戸市長田区
 ヤクザ絡みの事件を捜査する暴力団対策課と別に、暴力団の情勢、実態把握に当たる組織犯罪対策課。
 室内の十数台のモニターには、県内の主要な組事務所を監視するカメラ映像が映る。Gデータも事件などを受けて日夜更新され、捜査員が入手した名簿など組内部の文書も蓄積される。

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兵庫県警本部=神戸市中央区
 だが「組員の把握は年々難しくなっている」と捜査幹部。近年、組員の認定作業を阻んでいるのが暴力団側の「身分隠し」という。
 若者でにぎわう兵庫県西部地域のバー。
 30代の男性従業員が取材に「店の実質経営者は組員」と明かした。同級生の紹介で働き始めて半年後、素性を知らされた。
 不定期に店を訪れる実質経営者の知人から、500円程度の雑貨を数万円で買い取る。その差額が組への上納金になっているとみられる。ただ実質経営者からは「組に入るな」「入れ墨も禁止」と口酸っぱく言われる。
 「『組員になっても今や何の得もない』と。私もそんなつもりはないが」

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抗争状態の中、緊迫した様子で事務所に入る組員
 2011年までに全都道府県で施行された暴力団排除(暴排)条例、金融機関や企業が契約書などに相次ぎ盛り込んだ暴排条項により、組員は口座や携帯電話を持てなくなった。
 規制を逃れるように組事務所から組員名の木札は消え、加入儀式の「盃(さかずき)事」も減った。
 かすむ裏社会の「境界」。それは此岸(しがん)の堅気には、なおのこと見えにくい。
 ここに、分裂前の山口組で直系組長だった人物のフェイスブックページがある。
 「友達」は4千人を超え、現職国会議員や首長も多数名を連ねる。
 ページは知名度のある通名でなく本名で開設。既に引退したが、かつての子分らが組織を継いでおり、警察はGデータ上もいまだ暴力団の「周辺者」とみなす。本人に取材を申し込んだが「高齢で体調が悪い」との答えが返ってきた。
 「友達」の一人である県内の市長に元組長の経歴を伝えると、驚きを隠さなかった。

 「支援者の一人という認識しかなかった」
 白とも黒ともつかないグレーゾーンの広がりは、社会に何をもたらすのか。
=呼称略=
〈Gデータ〉 警察が管理する暴力団情報で、Gは極道やギャングの頭文字とされる。指定暴力団の構成員(組員)、組員ではないが暴力団の統制下にある「準構成員」、暴力団に利益供与する「共生者」などに分類される。

(2018年9月17日付朝刊より)

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一般市民の殺人事件を手掛ける警察の部署は「捜査1課」ですが、暴力団の殺人事件は「暴力団対策課」(通称・ボウタイ)が担当します。暴力団の殺人事件はこうした「Gデータ」を使って、誰が容疑者かという情報をすばやくキャッチすることもあるんですね。

しかし、暴力団側もGデータに登録されまいと、素性隠しに必死です。

フェイスブックで元暴力団幹部を「友達」登録していた兵庫県内のある市長は、私たちが「この人、周辺者ですよ」と指摘すると驚きの声をあげました。

グレーゾーンが広がっています。誰が組関係者なのかが見えにくくなった社会は、さまざまな企業にも動揺を広げています。

③<「5年ルール」>
  組離脱後も一定期間規制


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産廃処理業の許可を取り消す通知文書
 突然の処分に、社員らは動揺を隠せなかった。原因となった当の本人も。
 播磨地域の産業廃棄物処理会社に勤める40代男性は2017年秋、約10年に及ぶ社員としての働きが評価され役員に登用された。その途端、兵庫県から事業許可の取り消し通知が会社に届いた。
 理由は「役員が暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者であるから」。処分は県のホームページで公表され、銀行は融資の一括返済を迫ってきた。
 処分基準を定めるのは廃棄物処理法だ。
 2000年の法改正で現役組員だけでなく、暴力団を離脱後5年未満の元組員が役員や株主などにいる場合も、事業許可を与えない要件が加わった。県は会社の役員変更届を受け、県警に照会した上で処分に踏み切っていた。
 通称「5年ルール」。
 同様の規定は、不動産や車、携帯電話や口座など生活上のさまざまな購入・取引契約で、多くの企業や金融機関が暴力団排除(暴排)条項として盛り込んでいる。

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 男性も知っていたが、納得できなかった。
確かに暴力団と深く関わっていたが「縁を切り5年以上たつ。その後、拾ってくれたのが今の会社だ」。
 潔白を証明しようとする中で浮かび上がってきたのは「5年」の数え方の不確かさだった。
 県警幹部が明かす。
「離脱の情報があっても、破門状など明確な証明がない限り、規制をかいくぐる偽装離脱を疑わざるを得ない」
 男性はかつて貸金業を営み、指定暴力団山口組に資金を流していた。6代目組長の就任後は上納額が増え、2008年のリーマン・ショックで事業が破綻すると、逃げるように連絡を絶った。
 当人にはこれが「離脱」だったが、警察はその後も、組との関係を絶ったと確証が持てるまで認めなかった、というわけだ。
 弁護士に対策を依頼して半年後、許可は戻った。だが男性の表情は晴れない。
「行政だけでなく世間のレッテルも剥がせたのか」
 経済活動において疑わしきは避けられる傾向にある。
     ◆
 播磨地域にある信用金庫のコンプライアンス室。
 数人の職員で新聞や雑誌の記事などを独自に調べ、組員や関係者らの情報を集めた10万件近い「反社会的勢力(反社)データ」を持つ。データの中に顧客が見つかれば県警に照会する。

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 ただし県警の答えは、5年ルールを含めた「暴排条項に該当するか否か」だけ。詳しい経歴などを教えてくれるわけではない。
 担当者は「本音は、暴力団と関係する反社全般の情報がほしい」としながら、こう漏らした。
「反社への対応のミスは組織イメージに響く。自前の情報でも疑わしければ、新規の融資申し込みは断らざるを得ない」
 一方、県内のある銀行員は「既存の顧客は疑わしくても、債権を回収できるまでは取引するしかない。いつか問題にならないか、とおびえている」と打ち明けた。
 思い起こすのが2013年、みずほ銀行で系列信販会社を通じた暴力団関係者への融資が発覚した問題だ。頭取の辞任や金融庁から一部業務停止を命じられる事態に発展した。

 金融庁は他の金融機関にも調査や解約を指示。先の信金では200~300件もの疑わしい取引が判明したが、このうち県警に照会して解約できたのはわずか2割だった。残る8割は―。
 担当者が顔をしかめた。
 「今もそのままです」

(2018年9月18日付朝刊より)

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暴力団事務所に集まる組員ら。マスコミに撮影されないよう黒い板を掲げる=2017年4月、淡路市

つまり、組員かどうかを判断する警察のGデータは、組員の方が「私はヤクザをやめた」と考えていても、警察が確認しない限りは登録され続けるということです。ここに出てくる元組関係者の40代男性は弁護士を通じて警察に「離脱」を認められ、今では産廃会社で部下たちから慕われる企業幹部として人生をやり直しています。

警察もGデータの詳細は外部に出しません。相当にきわどい個人情報だからです。しかし、逆に言えば、私たちも誰かを組関係者と知らずに交際や取引を続けていたら、警察から「共生者」として登録されているかもしれません。

金融機関では毎日、新聞や雑誌の記事を調べて独自の「反社データ」をつくっていますが、「警察からもっと情報がほしい」という担当者の嘆きは切実でした。もし、金融機関に融資を申し込んで、通るはずのものがやんわりと断られたら、関係者として登録されていないかどうかを疑ってみてもいいかもしれません。取材先には、実際にそんな人もいました。

見てきたように、現代社会で暴力団に入るメリットはなくなったようです。

それでも、ヤクザに「なってしまう」、組織を「やめたくない」人々がいます。彼らがどんな日々を送っているかを見ながら、組織が烏合離散する事情に迫っていきます。

山口組分裂騒動を伝える神戸新聞の記事一覧はこちらです。今回紹介する記事は、ネット上で初めての掲載です。

〈ネコトラ〉
兵庫生まれ、育ちの40代。主に暴力団、防災、貿易物流を担当してきたマル〝ボウ〟記者です。ゆるキャラ好きで、ベネッセの「しまじろう」、阪神タイガースの「トラッキー」、兵庫県警甲子園署の雄トラ「コウシくん」と雌トラ「エンちゃん」に癒やしと度胸をもらっています。

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