(創作)眠れないまま思うこと

 どこからか、水の流れる音がしてした。雨が降っているのかな。明日の朝のことについて考えると、たまらないくらいに心臓の鼓動が大きくなった。とん、とん、とん、と首筋を通って私の耳にふるえが伝わってくる。明日まで雨が降っていたら、登校するとき傘を差さなくちゃならない。水気で重たくなった前髪を想像した。先月に雨が降ったとき、雑巾みたいに髪の毛の束を絞ったら、雫がぼろぼろ落ちてたな。あのときは傘を差してたっけ。クラスのほかの子たちはタオルを持ってきていて、素足を拭いていたけど、私は濡れた靴下と素足のまま授業を受けていたせいで、午前中は寒くて仕方なく、午後は靴下が体温で生暖かくなって、歩くたびに泥を踏みつけるみたいで気持ち悪かった。あのときはまだセイナとアンちゃんが一緒にいてくれたのに、私は靴下を貸してなんて、言おうともしなかった。あの二人なら、きっと貸してくれたはずなんだけど。いつのまにか水の音は聞こえなくなっている。じゃあ雨は降っていないのかな。枕元に置いた充電中のスマホの画面を覗き込むと、思った以上に眩しくて一瞬目を閉じた。一時十六分。布団のなかに入ってもう二時間以上経っている。明日の天気は晴れになっていたが、寝る前にアンちゃんへ送ったメッセージがまだ読まれていないことに気づくと、誰も見ていないのに、少しだけ眉を寄せて、ムッとした表情を作ってみた。だけど、本当は寂しかった。最近、あの二人から少しずつ距離を取られていることに、私は焦っていた。以前は寝る前に何時間もしていた通話もほとんどしなくなって、メッセージをスマホで送っても返信が来るのはずっと時間が経ってからだった。スマホの眩しさに慣れてくると、今度は小さい頃、暗い部屋で明るい画面を見ると目が悪くなる、と叱られたことを思い出す。いくらでも目なんて悪くなっていいと、スマホを睨んだ。不愉快なことがあると、大袈裟に開き直るのも、むかし私が注意された悪癖だった。セイナだってアンちゃんは、今頃二人で通話でもしているのだろうか。私が何か悪いことをしたんだろうか。原因はいくらでも考えられたが、いくらでも考えられるということは、二人が私を避ける決定的な理由などないに等しいことを意味していた。隣の家から、いきなり音楽が大音量でで流れはじめた。その家の住人は以前から騒音がもとでトラブルがよくあったが、懲りずにまたハリー・ニルソンの曲をかけている。派手な曲調ではないのに、私の部屋まで届くくらい大きな音で再生されているせいで、とても安っぽく聴こえる。蓋をするように、私は両耳を手で覆った。アンちゃんはまだ私のメッセージを読んでいない。暗い夜の部屋は、一段と狭く感じた。明日、朝、学校に着いたら二人に挨拶していいのか、いまから考えてしまう。もしかしたら無視されてしまうかもしれないが、きっと返事くらいしてくれるはずだ。私に対する優しさなどなくても、人に対しての優しさはあるに違いない。あの子たちは、本当の意味で悪人ではない。耳を押さえつけている両手のひらから、ごうごうごうと音が聴こえてくる。何度も二人の優しさについて反芻させるが、まったく安心はできなかった。寝返りをうつと、めくれた布団のせいで肌が冷たい空気に触れた。それは私を孤独に誘い込む猟師の罠に思えた。スマホの電源を切り、再び目を閉じる。隣家から音楽はまだ流れていたが、もう耳を塞ぐのはやめた。瞼の裏は完全な暗闇ではなく、色彩の渦が黒い背景の前で輝き、私はそれのひとつひとつに星座のような名前をつけようと思った。けどいい名前を考えようとするとすぐにその色彩は消えて、また別の淡い模様が浮かんでくる。徒労でしかないと、私はすぐに諦めた。そしていつからか眠り、夢を見ていた。フタコブラクダが学校にやってくる夢だ。私が背中に乗ると、校庭を何周も歩いてくれる。長いまつ毛と丸い目を動かしているフタコブラクダは、なぜかくしゃみをし続けている。雨が降ってくると体毛がひどく臭って、周りにいたセイナとアンちゃん、ほかのクラスメイトたちも鼻をつまみながら校舎に隠れてしまった。だけど私はこの動物が好きだったから、傘を差して乗り続ける。窓の奥に二人の影が見えた。手を振っている。私も手を振って、挨拶をした。

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