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椅子はデザインの教科書

今回は「デザインとは?」というお話しをスタートしてから14回目になります。大学の授業回数にならい、15回でこの超私的デザイン概論もいったん終わりにする予定です。残すところ今回とあと一回となります。その後は、今のところですが、概論ではなくより具体的な〇〇論とした少し専門的な内容をお話ししていきたいと考えています。

取り組みやすいが難しい
さて今回は、椅子のデザインについてお話しをします。現代に生きる皆さんのほとんどは、椅子のある生活をされていると思います。自宅には食事をするためのダイニングチェア、リビングにはソファ、職場のワークチェアに、学校の椅子に、背もたれのないスツール、電車やバスのシートなど、椅子なしでの生活はリアリティがありません。そして、デザイナーも建築家も、こぞって椅子のデザインに取り組んできた歴史があります。かつて私が訪れたオランダのデルフト工科大学の学生も椅子のデザインを課されていましたし、我が国でも美術系大学の立体を扱う領域では椅子の課題は定番です。

なぜそこまでして「椅子」のデザインなのでしょうか。

あくまでも私が思いつく範囲でのお話になりますが、その理由はいくつかあります。
椅子の課題を出す側としての教育的な視点としては、
・「わりとシンプルな構造で、建築などに比べて取り組みやすい」
・その反面「どこまでも掘り下げて考えられるほど奥が深い」
ということがあるように思います。
砲丸投げはとてもわかりやすいルールです。どこまで飛距離をのばせるかということが勝負のポイントになります。同じように、どこまで思考を掘り下げて、多角的に考えることができるかという「思考の飛距離」みたいなことが根底にあるように思うのです。

ここで言う「思考の飛距離」とは哲学的なこととは少し異なります。とことん深くまで思想的なことを考えてもやはりそこはデザインですから、「いいね」、「便利だね」、「おもしろいね」という共感を呼ばなければ独りよがりになってしまう可能性があります。とはいえ脚が4本で、平らな板の座面がのっていればそれでいいんだよね、というだけでは先ほどの共感は呼びにくい。

今述べた話は「取り組みやすいけど難しい」という相反する内容なので、もう少し解像度を上げてお話をしていきます。

椅子のデザインを考えるときには、
・「椅子のデザインの変遷からデザインの歴史を概観することができる」
・さらに「歴史的観点から『では、今日ではどうなのか?』と歴史(文化や技術)の延長線上で考える俯瞰的思考が鍛えられる」
・そうすると、「今日の技術や素材、コストやライフスタイルなど多角的な視点から考える思考が養われる」
ということになろうかと思います。

G. Th. リートフェルトのレッド・ブルーチェア
今回のタイトルに付した画像は、オランダのデザイナーで建築家のヘリット・トーマス・リートフェルト(1880-1964)が1917年に初めて制作し、その後改編を繰り返してできた名作椅子のひとつで「レッド・ブルーチェア」と呼ばれる作品の模型です。
13本の角材で主な構造(架構といいます)が組み上げられ、幅広の肘置き座面・背板となる薄板が構成された椅子です。この椅子がどうして名作とされるのでしょうか。ただカッコいいからだけではありません。

実は私はこの「レッド・ブルーチェア」を対象に研究をしてきたひとりなのでそこそこ詳しいのですが、ここはあくまでも概論ですから、より詳しい専門的な内容については後日にしたいと思います。

リートフェルトが家具工房を立ち上げてまだ名も無いデザイナーとして独立した当時、ちょうどオランダではデ・ステイル(英語ではザ・スタイル)という芸術運動が興った記念碑的な年でもありました。この芸術運動は、赤・青・黄色の3原色の四角形を垂直・水平に配置する抽象画に代表されるように、軽快な3原色とその幾何学的な配置によって新しい芸術を表現しようと試みた運動でした。
そうした時代の流れのなかでデザインされたのがこの「レッド・ブルーチェア」です。背板は赤、座面は青、角材の断面は黄色、そしてこれらの3原色が空間に散らばって見えるように構成されています。

このように時代の流れとともにあったこの椅子は後に、デ・ステイルを代表する家具作品として、少し難しくいえばデ・ステイルのイコンとして評価されるようになるのです。

角材の組み方の特徴だとか、座り心地が悪そうですが実はそうでもないだとか、たくさんのシリーズがあるだとか、詳しい話もたくさんあるのですが、ここは概論。あくまでも一般的なことをお伝えするだけにとどめておくとしましょう。

少し昔を振り返ってみる
ところで、自分の生きている時代がどのような時代なのか、30年くらい経つと皆振り返るようになります。たとえば今から30年前というと1990年代ですね。当時は携帯電話は大きく重く、公衆電話やポケベルを利用していました。懐かしくも今考えれば「こんな特徴があったね」というふうに振り返ることができます。それは今だからこそ思えることで、当事者としては当たり前のことでした。今から30年後に「2020年代ってこんな特徴があったね」となったときに、その特徴をうまく捉えてデザインされたものが、全部が全部ではありませんが、後に評価されたりします。

このレッド・ブルーチェアもそうです(正確にいうと、レッド・ブルーチェアを含めたリートフェルトの生涯を通じての仕事が体系的に調査され、歴史の中に位置付けられたのは1982年に出版された書籍によるものだったかと)。

機能•技術、そしてシーン
さて、椅子のデザインは時代を象徴するといった話をしてきました。
もちろんそのほかにも具体的ないろいろなことを考えなくてはなりません。先ほど紹介したレッド・ブルーチェアは、全部で17個のパーツから成り立っていますが、ひとつでも足りなければ椅子としての機能を果たしません。最小限の部材によって成り立っていて余計なものは一切ないということです。その最小限の部材をある決められた明快なルールによって組み立てています。
デ・ステイルという歴史的な特徴を背負いながらも、デザインそのものとしてもすっきりと明快にできています。

ダイニングチェアのデザインで有名なイームズ夫妻による成型合板でつくられた、木質の表情を持つ柔らかなフォルムのデザイン「ダイニング・チェア・ウッド(1946-49)」は、今もハーマンミラー社のプロダクトして登録されている名作椅子の一つです。戦時中では、骨折したときにひとの体にぴったりとフィットするギブスとしてこの成型合板の技術が用いられました。イームズが成型合板の実験をし、結果的にそのような医療用器具としてもデザインしたということからも、椅子のデザインには「新しい技術と時代背景」が関係していると言えるでしょう。

そのときの先端的な技術を駆使するということだけでは魅力的な椅子のデザインにはなかなかなりません。どのような場所で、どのような人が使うのか、どのようなシーンにマッチするのかなども併せて考えていく必要があります。その例で言うと、近代建築の三大巨匠のひとりと呼ばれるミース・ファン・デル・ローエは自ら設計した「バルセロナ・パビリオン」に最も相応しい椅子として「バルセロナ・チェア(1929)」をデザインしています。また、和室に相応しい椅子として、デザイナー・柳宗理は座布団をのせて使用する「バタフライ・チェア(1956)」をデザインしています。
このバタフライチェアの考え方は斬新です。使われている主な部材は、くの字形の断面をもつ2枚の木板で、それぞれ同じ形状をしています。くの字形の木板といっても面全体が緩やかに湾曲しており、それぞれを鏡写しにするように向かい合わせ、組み合わせることで自立する仕組みになっています。横から見ると、くの字が向かい合わせとなるのでXのような形になるといったらわかりやすいでしょうか。このように、右のパーツと左のパーツとを合体させて椅子とするのですが、そうすると当然おしりがのっかる中央部分には溝ができますから、その上に和室のアイテムでもある座布団が置かれてユーザビリティと同時に和室との調和が図られる。とてもユニークでよく考えられたデザインとなっています。

ほかにもたくさんのユニークで機能的なアイデアはあります。今でこそ一般的になっていますが、4本足のシンプルな丸いスツール(背もたれのない簡易な椅子)を例に挙げましょう。
もともとはフィンランドのデザイナー・建築家であるアルヴァ・アアルトが作品として提案した極めてシンプルなもので、「スツールNo.60/L字脚のスツール(1930年代)」という名前がついています。このシンプルなスツールはご存知のように、スタッキングといって積み重ねることができます。小さくて軽いので、持ち運ぶことも容易です。コストも少なくて済むから、多くの椅子が必要な場合に活躍します。ですからイベント時などに大変重宝します。
このスツールはもともとは3本脚でした。より安定し、転んで怪我をすることがないように今では4本脚になっていますが、4本よりも実は3本のほうがガタガタしない。3点支持のほうが凸凹を拾わずにすむのです。今でこそ床は真っ平らに仕上げることが容易にできますが、1930年代当時の土間などは凸凹していることが多く、そうした環境の中での最適解として3本脚だったわけです。

椅子=デザインの教科書
このように、椅子は簡単に見えて、同時にたくさんのことを考えなくてはなりません。だから「どこまでも掘り下げて考えられるほど奥が深い」のです。しかもシンプルな形でまとめなくてはならない、まさに「結晶」のようなものと捉えることができるでしょう。
反対に言えば、シンプルな中に読み解けることをたくさん秘めているのが椅子のデザインということになります。

だから私は、椅子のデザイン=「デザインの教科書」と思うです。




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