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ハッシュタグご報告

梅雨の晴れ間。
一人暮らし、社会人、アラサー、独身、女♀。
平日より3時間ほど寝坊して、溜まっていた洗濯物を5L洗濯機に放り込み、水栓を捻ってスイッチオン。
たちまち衣類が水の渦に巻き込まれていく。
これだけで家事が大分進んだ錯覚が起きる。
もう7年も使用している洗濯機が仕事を終えるには、あと40分はかかる。

そうだ、こんな天気の良い日曜の昼は、インスタグラムを開いて「#ご報告」で検索をかける。

どんどん出てくる、誰だか知らない人たちの#ご報告。次から次へとスワイプ、スワイプ、湧き上がってくる。

指輪をした手をふたつ重ねた手の写真は、プロポーズしましたされましたのご報告。
婚姻届の文字に重ねるように指輪を載せた写真は、入籍のご報告。
赤子が大人の指を握っている写真は、家族が増えましたのご報告。

誰が決めたのか、各ご報告写真のテンプレートは大抵決まっている。

時々なんとなく目に留まった投稿をタップして詳細を見る。
テンプレート通りのご報告を見るのも良いし、それ以外は何のご報告なのか気になるから、結局そちらも見る。

へえ、このカップル22歳同士で結婚か…あ、家族も増える予定なのね…なるほどね…
この赤ちゃん、まじで父親似だな…女の子は父親に似るっていうの、ほんとみんなそうなんだよな〜
あ、これは美容師の移動ね……
これはアパレル店員の移動…
あ、この人達は25歳と26歳…えっ付き合って10年…へえ…

ゴウン、ゴウン、ゴウン、ゴウン……
廻る洗濯機の音が、駅徒歩12分、家賃月々7万の1Kにこだまする。

洗濯機の働きを示す少しうるさい稼働音を聞きながら、自分が傷つく感覚は無いか、時々確かめる。
うん、私、#ご報告、まだ余裕で見ていられる。

ゴウン、ゴウン、ゴウン、ゴウン……

ふと、天使のイラストが表紙の投稿が目に留まる。なんとはなしに、タップ。

「わたしたちのちっちゃなちっちゃなタカラモノ、ユイちゃん。このたび、ユイちゃんはお空に帰りましたことを、ご報告します。
それが分かった時は、絶望して、2人でこの世の終わりってくらい、泣いたけど……
今は、少しずつ前を向いています。
きっと、お空から、見てくれているはずだから。
投稿が途切れて、心配してくださった方もたくさんいたので…。ご報告させていただきました。
これからも、2人で力を合わせて、生きていきます。
天国のユイちゃんにも、笑っていてほしいから。
#ご報告 #タカラモノ #大好き #虹の橋 」

ゴウン、ゴウン、ゴウン、ゴウン……
ガタガタガタガタ

そうかい……。

人って、案外誰しもほの暗い経験を持っているものだ。
ご報告する人もいれば、しない人もいる。
ご報告しなきゃいけない状況になることもあるし、気まずさからなのか何も言わずスッといなくなる人もいる。

嬉しい、楽しい、悲しい、痛い、辛い、
それは、本人にしか分からないことだから。
痛いとき、代わってほしいと思うけど誰とも変わってもらえない。
辛い時も。なんで私?って思うよね、そういう時。

スワイプすると、またどんどんご報告が上がる。

これは、ダイエッター?あ、ダイエット本を出すのね。
この人はアプリで出会った年上の彼と結婚が決まりました…。
新築の家の引き渡しが終わりました…。良いなー綺麗な家。
この人は学校を退学して起業しました?!すごいな…。

ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ

ああ、人生。

ああ、誰かの、人生。

私、会ったことも見たこともない人々の#ご報告を見て、満たされ度を測っているのかな。
普通に見ていられるってことは、まだ大丈夫なのかな。

日曜の昼間に#ご報告を見る感覚は、深夜にカップラーメンを食べる感覚に似ている。

頭の片隅に、そんなことして自分に何の利益があるの?って疑問を呈す私もいる。不健康だよ、そんなことしている暇があったら自己投資すれば?と正論を囁く私もいる。名も知らぬ誰かの人生の行く末は、私には何の影響も及ぼさないだろう。

でも、気づかないフリをする。

こんな晴天の日曜の昼下がりは、こうやってお手軽に人生の渦を見つめるに最適なのだ。

無心でスワイプとタップ、戻る、スワイプを繰り返す。

ペットを亡くした人。
出産した人。
自分のお店を開いた人。
退院した人。
海外に行く人。
地元に戻る人。
恋人と別れた人。
事務所を退所した人。
プロポーズした人。
夢を叶えた人。

……………。



ピピー、ピピー、ピピー、ピピーー…



洗濯機が、
「もうそろそろ辞めたら?」
と私の肩を叩く。

はいはい、ただいま。

気付けば、ご報告することなんか何も起こらない日曜日の半分が終わろうとしている。

私はようやくスマートフォンを手放して、自分の洗濯物を取りに立ち上がった。

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