民間人を対象にした宇宙旅行の予約は20年前からあった【未来を生きる文章術004】

 2002年1月30日の原稿です。もう、あれですね。某ベンチャー起業家が月旅行を予約したっていう、つい最近のニュースを思い出さざるを得ませんね、この内容からは。

 宇宙旅行の予約は1998年からあったわけで。それもひとつだけじゃなく。この原稿でいろいろ紹介していますので、ぜひご一読を。
 ただその後計画がとん挫した例も少なくなく、一方で当時IT分野で種を蒔いていた人がその後成長し、新しい宇宙ビジネスのプレイヤーとして活躍している。時代ですね。

 実はこの原稿には没原稿があります。本文の後に、没にした原稿の方をつけていますので、参照してください。

 なぜ没にして書き直したか。読み比べていかがでしょうか。没原稿の方は話題があちらこちらに跳んで、いや、跳ぶこと自体は悪くはないのですが、紹介した話題が伏線として生きていないんです。
 それに対して、最終的に採用した原稿では、「観光産業の本質は何か」という落ちに対して、それぞれの話題が絡みつつ最後は巻き取っている。それまで読んでいた内容が最後に収束するからこそ、読者はカタルシスを覚えるし心に残る文章になる。文章って、そういうものなのですよね。

■ ■ ■

日本発・宇宙旅行プロジェクトに見る観光産業振興のアイデア

 東京と京都を行き来しつつ、われわれは何のために旅をするのだろう、ということをしばしば考えます。拠点と得意先を行き来する出張旅行を繰り返していると、つい「旅」そのものはできるだけ短いほうがいいと、味気なく考えてしまっていけません。
 宇宙開発事業団が発表した有人宇宙船開発構想は、ひさびさに旅への憧れをかきたてるニュースでした。ミニマムのシステムで一日の地球周回、スタンダードシステムで約1カ月の月周回軌道の旅行が実現できるといいます。正式の国家計画となれば、ミニマムシステムでの有人飛行まではおよそ8年の開発期間。
 気になる予算ですが、ミニマムシステムの場合、ひとりあたり2億円です。なかなか微妙な金額です。サラリーマンの生涯年収にほぼ匹敵する金額で、一般にはまず手が出ませんが、昨年ロシアのソユーズ宇宙船に乗って宇宙旅行をした米国の実業家が支払ったとされる約2000万ドルと比べれば、天文学的に高いというわけでもありません。ジャンボ宝くじに当たれば手に入るのですから。

 このところ、宇宙旅行計画はちょっとしたブームの様相です。米企業が「2001年宇宙の旅」(日程は延期)への参加者を募集し、清涼飲料の景品にもなって話題を呼んだのが1998年のこと。実際にはほんの数分、無重力を体験できるだけの擬似宇宙旅行ですが、9万8000ドルという価格もあって、一般の人たちに「自分たちにも宇宙にいける」と感じさせる効果は充分でした。
 オランダのミールコープ社は2004年の完成を目標に初の民間宇宙ステーション建設を予定していますし、米国のスペースアイランド・グループは、まるで映画に出てくるような車輪型をした宇宙ホテルを計画しています。日本でも、宇宙開発エンジニアらが参加する「ルナクルーズプロジェクト」が発足し、月への観光旅行の実現を目指して、事業規模や採算性の検討が進め始められました。片道2日、月のホテルに3日滞在する旅行を想定しているそうです。
 自分たちにも行ける、という言葉の背景にある旅への夢と、それが実現できるのだ、という勇気付け。これこそ、本来「旅」が持っていた本質かもしれません。

 ご存知のように、昨年9月11日のテロ以降、海外旅行は激減しています。日本旅行業協会が発表した最新の動向調査によれば、対象期間が年末年始という本来なら旅行客の多い時期であるにもかかわらず、過去最低の傾向です。
 旅行需要を喚起するため、航空チケットプレゼントなど、さまざまな努力が行われています。観光産業が、夢と勇気の提示という、本来立つべき土俵で勝負される日が、いつか返ってくるのでしょうか。宇宙船の想像図に胸を膨らませつつ、そんなことを考えていました。

特別付録:没原稿「月旅行計画に観光産業の未来を見る」

 宇宙開発エンジニアらが参加する「ルナクルーズプロジェクト」が発足しました。月への観光旅行の実現を目指して、事業規模や採算性の検討を行うといいます。片道2日、月のホテルに3日滞在する旅行を想定しているそうです。
 アポロ宇宙船で人類が最後に月を訪れた日から、もうすぐ30年。我々は今もスペースシャトルで宇宙に出てはいますが、シャトルの高度はせいぜい400キロ、月までの距離、約38万キロとは大きな差があります。新幹線のぞみ号を利用するなら、シャトルまでは2時間半ですが、月までなら3カ月はかかる計算です。そんな遠い世界に観光旅行ができるとすれば、ずいぶん楽しみな話です。

 2001年末、宇宙開発事業団からも、有人宇宙船開発構想が発表されました。ミニマムのシステムで一日の地球周回、スタンダードシステムで約1カ月の月周回軌道の旅行が実現できるとか。正式の国家計画となれば、ミニマムシステムでの有人飛行まではおよそ8年。
 気になる予算ですが、ひとりあたり2億円です。2億円といえば、通常のサラリーマンの生涯年収に相当します。日本旅行業協会がシニア世代に尋ねたところ、退職金を使った旅行費用の最高額が900万円でしたから、いくらぜいたくをしようとしても、一般にはまだまだ手が出ない額です。

 ちなみに、大きな話題を呼んだ米企業による「2001年宇宙の旅」(日程は延期)は9万8000ドルでしたが、無重力状態はわずか数分。宇宙開発事業団の宇宙旅行はいわば本格派ですから、多少値が張るのはしかたないことでしょう。昨年ロシアのソユーズ宇宙船に乗って宇宙旅行をした米国の実業家が支払った額が約2000万ドルとされていますから、10分の1以下にはなるわけです。
 いま、ひとりが旅行にかける費用は漸減傾向ですし、個人の一時所得としておそらくもっとも大きいであろう退職金相場が2000万円程度であることを考えても、月旅行ができるのは一部の人ではあるのでしょう。それでも、夢のあるプロジェクトが旅への夢を喚起し、市場を盛り上げてくれればと思います。

 平成13年度の観光白書によると、平成12年の国内での宿泊・観光レクリエーション旅行人数は延べ約1億9300万人、海外旅行者数は1782万人といいます。ご存知のように、昨年9月11日のテロ以降は海外旅行が激減していたのですが、JTBの予測によると、今年は国内旅行はほぼ前年並み、海外旅行も早春から本格的に回復に向かう見込みです。年間の旅行総消費額にして、17兆円あまりの市場です。
 いまから10年後、観光白書の区分に「地球外旅行」が加わる日が来るのでしょうか。願わくばそのとき、星の世界にまで争いが持ち込まれていませんように。こちらの方が実現性が薄いのかもしれませんけれども。

ゼロ年代に『日経ビジネス』系のウェブメディアに連載していた文章を、15年後に振り返りつつ、現代へのヒントを探ります。歴史が未来を作る。過去の文章に突っ込むという異色の文章指南としてもお楽しみください。