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早く治ることを願って

まばらにしか人が乗らない電車に乗った。
それは、普段なら帰宅ラッシュで満員であるはずの電車。ある程度テレワークというものが浸透しているのだなと感心する。

私はアルバイトのために電車に乗った。私がいなくては人手不足のために店を開けられないから。アルバイト先はビジネス街のビルに入る洋食屋さん。個人店ではないけれど親会社はそれほど大きくない会社だ。

「おはようございます!」

アルバイト先に着くと、いつものように出勤している社員さんとパートさんに挨拶する。それから制服に着替え、タイムカードを押して、手を入念に洗う。いつもの何気ない光景。客足が少ないことを除いては。

客足が遠のこうと人が来る以上は店を開けるらしい。それが親会社が決めた方針だった。テレワークなど到底不可能な業種であり会社なのだ。

ふと手が空いたとき、「正直怖いよな」といつも冗談ばかり言う社員さんが話しかけて来た。その人はいつも冗談をいうので笑顔でしか返したことがなかった。だから、今回も「怖いですよね」と反射的に笑顔で返してしまった。いつもとは何か違う空気を感じた。そのいつもより重く感じられた空気は「開いてる?」という知らないおじさんの声によって断ち切られた。

「いらっしゃいませ」

と従業員全員の明るい声が揃う。そして席に案内してお冷とおしぼりを置いて注文を聞いた。料理ができる間にその人がお冷を飲み干したので、すかさずピッチャーを持ち、その人のもとへと行った。そのままグラスを持ち上げようとした時、「もっと下を持ってや」という低い声と共に睨まれた。私はその人が口を付けた位置より下にあった手をさらに下へ降した。

悲しかった。お客さんが笑ってくれたり、ありがとうと言ってくれる。そんな感情の機微に寄り添うことが嬉しくてここでアルバイトしていたから。

それ以上に新型コロナウイルスによって罹った人の身体だけでなく罹るかもしれないと怯える人のこころをも蝕んでいくことが単純に悲しかった。


そのお客さんが食べ終わり、レジへやってきて「ペイペイで」といった。QRコードをスマホで読み込み、金額を入力する。その画面を無愛想な顔で私に見せてくる。「以上で大丈夫です」その言葉を言い終える少し前にアプリを閉じられた。そのとき、ほんの少しホーム画面が見えた。そこには3歳くらいの子供とその人の笑顔があった。

その事には気づかず淡々とスマホを鞄にしまい店を後にする。私は満面の笑みで「ありがとうございました」と見送った。

いつも冗談を言う社員さんも孫を大切に思うお客さんもいまはコロナウイルスによってこころを蝕まれているんだ。風邪の時はいつもの自分とは違う。熱がでたり、からだがしんどかったりと。だからいつも通りのこころの状態じゃないんだ。

手洗い、うがい、マスクだけじゃなくてこころもウイルスから予防できるようにしていきたい。

2020.04.06

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