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黙然とそれはいかめし火鉢かな 夏目漱石の俳句をどう読むか100

五つ紋それはいかめし桐火桶

 全国弁当祭りで大人気のイカメシの句である。

 ……違うな。

 五つ紋の桐火桶が厳めしいという意味の句か。

 いや、違うな五つ門は羽織のことだろう。正装だ。

 正装をして桐火桶に当たっていて厳めしいということか。

 暮れなのに正月みたいだ。

聖典泰山教学講授録 初門の巻 下編

 冷たくてやがて恐ろし瀬戸火鉢

  今度は火桶ではなく火鉢だ。

 冷たかった火鉢に火を起こして、次第に熱くなっていったという句か。「おそろしく~」という表現はかなり古くから使われていて、(森鴎外も使っていて)、この「恐ろし」も「恐ろしく熱い」という意味であろう。

 桶より火鉢のほうが縁が熱くなる様子を詠んだのか。
 特に含みのようなものは見当たらない。

親展の状燃え上がる火鉢哉

 これは少し怪しい句だ。

 世界広しと言えども夏目漱石全集程徹底した全集は他にあるまいと思う。何しろ小説以外の資料が充実していて、註解に間違いは多々あれど、それでもなかなかよく調べているとは思う。

 ほかの作家の全集など酷いもので、普段見慣れない言葉に注釈がついていないものなどざらだ。三島由紀夫や谷崎潤一郎の作品なんかそのまま読んですらすら理解できるはずもないのに、全部ほったらかしだ。

 ところで漱石の書簡集、どうも古い友人らの中で何人かが手紙の公開を拒んで「秘密を守った」気配がある。

 この句の「親展の状」もその「秘密」に関するものではなかっただろうか。

 要するに桃を送ってもらったお礼とか、最近読んだ本の話とか、日々の出来事にしてもそう剣呑でないことが書いてあったなら、友人らも隠す必要はないわけである。しかしどうも隠された。手紙はやり取りなので、お互いが隠さねばならない。その隠された手紙がこの「状」ではなかったか。

 津田なんか油を注いで手紙の束を燃やしている。漱石にもそうして手紙を処分しなくてはならないようなお付き合いがあったということなのであろう。結婚前のこの時期、なにかあったとすればやはり友人はかばうか。

黙然と火鉢の灰をならしけり

 ん?

 これは?

 どうも釈然としない感じがする。なにか無理に気を静めているような。怒りか、怒りでないにしても納得がいかないことがあり、それで灰をならしているようなそんな感じがある。

 つまり「親展の状」は恋文ではない?

 むしろそれとは逆の読みたくなかった手紙で、「親展の状」を焼いたのは、手紙を隠すためではなく、二度と読み返したくない手紙だったからではあるまいか。

 この手紙が誰からのどんな手紙だったのかということは解らない。永遠に誰にも解らないだろう。ひとつ前の句と同様子規の評点は「〇」。やや直截すぎる感情の表れで「◎」とはならなかったのか。

[余談]

 人生って不思議なものだね。

 いつのまにか年寄りになっている。あっという間だ。

 気がついた時にはもう遅い。取り返しがつかない。

 しかしまあ、やれることをやるしかないんだな。

 プリンを食べたり、戦争をしたり。


 


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