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芥川龍之介の『お富の貞操』をどう読むか① 解るということはどういうことか

 案外こんなことが解らないのではなかろうか。そういうことを書いてみる。

 これまでの常識を覆す最新科学による新常識のような話が嫌いではない。ただそういうものを見聞きする都度、そのもっと先の所をある種の作家たちは解っていたのではないかと疑うことがある。

 例えば夏目漱石の『それから』にはフロイト的ではない、フロイトよりもずっと先の意識と無意識と脳の関係、さらには腸内フローラが人間の感情に与える影響まで見通していたような事が書かれている。『明暗』では自己決定や自由意志が疑われている。こうした自己分析は『坑夫』で露骨に試みられたほか、いくつもの作品の中で思考実験として現れる。

 何か捉えがたいものを捉えようとしている点においては芥川龍之介の作品も同じだが、「利仁の支配」といったものを考えてみると、それはもう現代科学の先にあり、どうしても前近代的アニミズムに見えてしまう始末だ。
 まだ「利仁の支配」を説明する最新科学はなかろう。

 しかしそういうものもやはりいずれ明らかになるのだろう。

 それでも『それから』のような、現在の私たちにも解りやすい、自己決定の仕組みが描かれている作品もある。その一つが『お富の貞操』だ。

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