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銃剣の代わりに其形したる木製の棒を與へられしのみ

 永井荷風の『断腸亭日記』昭和二十年一月十六日に、

 又巷説によればマニラの陥落も遠きにはあらざるべく戰争も本年八月頃までには終局となるべしと云ふ。

 ……とある。大体合ってるぞ、断腸亭。

 また同年一月廿三日に、

 去夏種田生召集せられ琉球の或島に派遣せられしが銃剣の代わりに其形したる木製の棒を與へられしのみ。物資の欠乏眞にあはれむ可しと語れり。

 ……とある。木製の棒って、そりゃ負けるわ、大本営。どんな根性論だよ、大本営。

 また、三月九日に、

 天気快晴。夜半空襲あり、翌曉四時わが偏奇館燒亡す。

……とある。え、焼けたのか? 大丈夫か、断腸亭?

 日誌及草稿を入れたる手革包を提て、庭に出でたり

……なるほど、それがこれか。で、

 余は山谷町の横道より靈南坂上に出で西班牙公使館側の空地に憩ふ、

……なんとか逃げられたのか、よかったな断腸亭。

 三月十日、町會の男来り罹災のお方は焚出しがありますから仲の町の國民学校にお集まり下さいと呼び歩む、

……そうか。早く行け、断腸亭。

 握飯一個を喰ひ

……一個? 一個か? 少ないぞ大本営。それで、具は何だ? 海苔は巻いてあるのか、断腸亭?

 茶を喫するほどに旭日輝きそめしが寒風は昨夜に劣らず今日も亦肌を切るが如し、

……で、具は何だ? 梅干しか、おかかか? それとも塩むすびなのか? 教えてくれ、断腸亭? 




鳥人。



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