岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する177 夏目漱石『明暗』をどう読むか26 老けていると言ってはいけない
油を濺いで
小林が帰った後、お延は抽斗、本箱、戸棚の中に津田の秘密を探そうとする。しかしそこには怪しいものは見つからない。そして手紙が焼かれたことを想い出す。これが清子からのものならば、津田は結婚後も清子の手紙を持っていて、初秋のある日曜日、つまりそう遠くない過去にわざわざ油を灌いで焼いていたことになる。
如何にも怪しい。しかも絶妙のタイミングだ。
そしてもしこの手紙の束が清子からのものであれば、清子と津田の間には思っていたよりも長い期間の交際があったということになる。
思っていたよりも長い?
そう、私はこれまで津田と清子との交際は精々半年くらいなものではないかと漠と想像していた。しかしよほどのことがない限り、半年では手紙の束は出来ない。会える距離に住んでいたら葉書で済ませることも多かろう。林檎を剥いてくれる関係ならば会えていたということになる。
ここで津田と清子の交際期間が俄然気になってくる。
もしも「古手紙」が文字通りのものならば、清子と津田の交際は数年続いていたということになるかもしれない。
それは間違でも何でもなかった
これまでお延に張り付いていたカメラは九十一章で一旦全体の説明者として神の視座を持つ。堀の心の中に入り込み、秀子の心の中に入り込む。読者に説明をしてしまう。
新人がこれをやるとまず話者の立ち位置がぐらぐらしていると指摘されるところだ。
ところでこのように話者が語るところの堀は、金に不自由なく、何にも執着しないで、呑気に、ずぼらに、淡泊に、鷹揚に、善良に、世の中を歩いて行くとは羨ましい限りだ。これを話者は「通」というが、まさにこれで則天去私の一つのモデルではないかと思えてくる。
小林と違って堀は誰にも迷惑をかけていない。「むやみに可愛いがりもしない」という辺りは、自分の子供がめっかちになっても「ああそうか」と言える心境に通じそうだ。
しかしこの堀は直接的には前に出てこない。
器量望みで貰われたお秀
こう言われてみて改めて、器量望みで貰われた津田というものが想像され、津田の根本的な疑問、
・おれはまたどうしてあの女と結婚したのだろう
・おれはいまだかつてあの女を貰おうとは思っていなかったのに
という疑問の意味がようやく少し解ってきたように思う。
津田は二重瞼が好きなのだ。お延は目が細すぎる。容貌の劣者なのだ。二人は見合い結婚のようだ。お延が美人でないなら、やはり何故津田がお延を貰うことになったのか、そこは解らないところではなかろうか。
無論津田自身がそれを云うのはおかしい。しかし津田以外なら、どうしてお延なのか、と不思議がってもおかしくはない。「こんなに拘泥の少ない男が、また何の必要があって、是非自分を貰いたいなどと、真面目に云い出したものだろうかという不審」よりもはるかに不審だ。話者が言う通り「器量望みで貰われた」ですべて片付いている。
その昔ある女子柔道家がプロ野球選手と結婚した時、相当すごい技の持ち主に違いないと噂されたことがある。喉の奥の使い方が上手いのではないかと言われていた。お延にはそう言うところは見えない。あるいはお延にはむしろ何か問題があるのではないかとさえ思えてくる。
お秀のお延と違うところは
ここは漱石が酷い。容貌の劣者お延と器量の良いお秀を比べている。そんなに顔をいじらなくてもいいと思う。顔なんて好き好きだし。
いやそこではなくて、秀子が堀の家で堀の母と弟と妹と厄介者とで暮らしていて大家族の中にあるというところをみなくてはならないだろう。そして子育てをしている。大家族の中の嫁には気苦労が多かろう。この環境から夫婦二人で住み、下女を雇い、実家から仕送りをしてしまっているお延が「勝手」に見えるというわけだ。夫婦二人のことしか考えていないのがそもそも宜しくないという理窟はこの環境から生まれる。
初見では秀子が夫婦を責めるのが「余計な口出し」に思えたものだが、当時の価値観、家父長制、大家族の嫁という立場を考えると、秀子の立場は旧弊ではあるものの、言っていることは「余計な口出し」でもないような気がして来る。
四歳つの子持とはどうしても考えられないくらい
これは漱石が悪い。器量はしょうがない。しかしこれでは一つ年上で四歳の子持ちの秀子よりお延の方が老けて見えると言っている訳で、容貌の劣者で老けていてプライドが高くて気の強いお延のどこがいいのか、と書いてしまっていることになる。これはいけない。
しかも仮にお延が年齢並みに見えるのだとしたら、秀子は二十二歳以下に見えるということになる。十八で嫁に行けば二十二歳で四歳の子持ちになれるので、やはりここはお延が年齢より老けて見えると言っているのだ。
何で津田はお延を嫁に貰ったのだろうか?
あれほど派手好きな女
流石にお延に気の毒になったのか、この「あれほど派手好きな女」というお延に対するお秀の見立てに関しては、話者が「身贔負きに過ぎない、お延に気の毒な批判である」とお延の味方をしてくれている。
ここでお秀は「兄がもしあれほど派手好きな女と結婚しなかったならば」と比決定論的立場を明らかにしている。兄は別の嫁を選ぶことができた、し、たまたまお延が選ばれてしまったのだと、起きてしまった事実を恨んでいる。この立場は当然津田のものとは異なる。
しかし「津田の嫁がお延であること」に異議を挟んでいる点では兄と同じだ。
派手好なお延が嫌いだ
この「お延より余裕のある、またお延より贅沢のできる彼女にして、その点では自分以下のお延がなぜ気に喰わないのだろうか」という話者の疑問はお秀にはない。
ここ(九十一章)でもう一度「派手好なお延」と言われているのは、やはり「あなた個人の感想ですよね」という要素はあるにせよ、「檜扇模様の丸帯」で予告されていて、この後九十五章で出て來る「津田の財力には不相応と見えるくらいな立派な指輪」に繋がるふりということにはなるのだろう。
お秀と顔を見合せた
しばらくお延に寄り添っていて、前章ではお秀の説明をしていた話者が九十二章になって再び津田に寄り添い、お延を待ち受けることになる。なおここで時間は直線的な進行を止めている。
九十章でお延が昼飯を食べたにもかかわらず、九十二章はまだ朝である。この回想ではないのに時間が戻る感じというのも漱石作品では初めてではなかろうか。全体が回顧の形式でない場合、このやり方はなかなか際どいものだ。例えば『絶歌』では前半の「父の涙」の章で、時間軸としては後半部に属する出来事が書かれている。多分ほとんどの読者がそのからくりにさえ気が付いていない筈だ。時間をずらすというのはなかなかややこしいことなのだ。
膳を階子段の上り口まで運び出した
カメラはお延を離れて津田に寄り添ったといいながら「膳を階子段の上り口まで運び出した」というところではお秀を追いかけて一旦病室を出ている。これもかなり珍しい書き方で、村上春樹さんの『騎士団長殺し』くらいでしか見かけない。恐らく凡ミスだと思われて編集者に注意されるのが面倒くさいので、若手中堅作家はこういう書き方をしないのだろう。
「汚ならしい事」
この「誰に小言を云うともなく、ただ一人こう云って」というのが漱石の上手いところ。もしも津田が朝っぱらから外套を取りに家に押しかけなければ、先にお延が片付けていたかもしれなかったのだ。お延が『明暗』を読めばここでお秀に対して嫌味たらしいと感じるとともに、小林は何で朝っぱらから邪魔しに来たのかと腹を立てることだろう。お秀はここをまだ理屈で繋げないが、嫂は来ていないのか、家で何をしているのだろうと考えてもおかしくない。
従ってこの「汚ならしい事」という言葉はかなりの毒を含んだ言葉なのだ。またここに小さく挟み込まれている「掃除の行き届いた自分の家」には大家族の嫁としてのお秀のプライドが現れているところ。
[余談]
岩波は「横倒しに引ひッ繰り返かえされた牛乳の罎の下に、鶏卵の殻が一つ、その重みで押し潰つぶされている傍に、歯痕のついた焼麺麭が食欠けのまま投げ出されてあった。」という食事について大正元年九月二十七日のものとほぼ同じというが「食事パン半斤の二分一。鷄卵二。ソツプ一合。牛乳は斷はる。」の食事パン半斤の二分一はかなり大食い。鶏卵も半分に、ソップもない。何しろ日記には焼麺麭がない。
病人にはトーストは出さないのではなかろうか。
別日には牛の刺身が出ているけれど。
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