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芥川龍之介の『河童』をどう読むか① ニ三年前だった 

 天狗和尚とジュースの神の鷲との親族関係は前に述べたが、河童や海亀うみがめの親類である事は善庵随筆に載っている「写生図」と記事、また庭雑録にある絵や記載を見ても明らかである。 河童の写生図は明らかに亀の主要な特徴を具備しており、その記載には現に「亀のごとく」という文句が四か所もある。 そうだとするとこれらの河童捕獲の記事はある年のある月にある沿岸で海亀がとれた記録になり、場合によっては海洋学上の貴重な参考資料にならないとは限らない。
 ついでながらインドへんの国語で海亀を「カチファ」という。 「カッパ」と似ていておもしろい。
 もっとも「河童」と称するものは、その実いろいろ雑多な現象の総合とされたものであるらしいから、今日これを論ずる場合にはどうしてもいったんこれをその主要成分に分析して各成分を一々吟味した後に、これらがいかに組み合わされているか、また時代により地方によりその結合形式がいかに変化しているかを考究しなければならない。

(寺田寅彦『化け物の進化』)

 今まで我々が読んできたはずの芥川龍之介の『河童』が、直筆原稿とはいささか異なることを言い出しても今更得るものは少なかろう。『河童』は芥川がまだ生きている間に、つまり昭和二年の三月に『改造』で発表されているので、校正原稿があるに違いないと考えるしかない。

 今我々が「一」として眺めている部分は、そもそも「二」として書かれており、「二」は「三年前」ではなく「ニ三年前」と始まる。

 そんなものは「二」でも「ニ三」でもどちらでもいいのではないか、などといい加減なことを言う芥川龍之介の読者は存在すまい。何故なら芥川龍之介にはこれまでたった一人の読者もいなかったからだ。それでも「二」なのか「ニ三」なのかは、芥川龍之介にとって重要なことなのである。

 

 芥川龍之介は「崖」なのか「岩」なのか、「二」なのか「ニ三」なのか熟考する遅筆の作家である。

 四十なのか五十なのかに拘る作家である。


 あれ?

 しかし「三」が「二」に改められ、「二」が二つ続くことになる。そればかりかよく見ると、

 芥川の「河童」の「童」は「立」が「大」になっている。


 これは「立」だ。

 崩しの省略なのか。


しかしやはり芥川は細部にこだわる作家だ。


 あれ?

 バック?

 バッグじゃなくて?

 どうした芥川?


 その天才は死んだのか、自殺したのか。


 現実的なのか衛生的なのか。


けれどもお産をするとなると、父親は電話でもかけるように母親の生殖器に口をつけ、「お前はこの世界へ生まれてくるかどうか、よく考えた上で返事をしろ。」と大きな声で尋ねるのです。バッグもやはり膝をつきながら、何度も繰り返してこう言いました。それからテエブルの上にあった消毒用の水薬でうがいをしました。

(芥川龍之介『河童』)



 え?

 「精神病」ではなく「黴毒」、梅毒?

 だからうがいをするのか。それでも、

、――僕「しめた」と思いましたから、いきなりそのあとへ追いすがりました。

(芥川龍之介『河童』)

 芥川龍之介は「は」と「も」の違いに拘る作家である。

 芥川龍之介は「は」と「も」の違いによって、書かれていない状況を書き表わす作家である。

 するとそこには僕の知らない穴でもあいていたのでしょう。僕は滑かな河童の背中にやっと指先がさわったと思うと、たちまち深い闇の中へまっさかさまに転げ落ちました。が、我々人間の心はこういう危機一髪の際にも途方とほうもないことを考えるものです。僕は「あっ」と思う拍子にあの上高地の温泉宿のそばに「河童橋」という橋があるのを思い出しました。それから、――それから先のことは覚えていません。僕はただ目の前に稲妻に似たものを感じたぎり、いつの間にか正気を失っていました。

(芥川龍之介『河童』)

 その芥川が描く河童には、何故か甲羅がない。
 寺田寅彦の分析に関わらず、芥川龍之介が、「滑かな河童の背中にやっと指先がさわった」と書いた時、河童の背中には甲羅はない。芥川の河童は亀の化け物ではなく、蛙の化け物である。


 甲羅がない。それはたまたまではなかろう。甲羅は梅毒を精神病に改めるように取り払われたものではなく、そもそも芥川の中にはなかったものなのではなかろうか。

 その証拠に芥川の描く河童は余りにも細い。甲羅を背負い、丸々と太った河童など、芥川のイメージにはなかったのだろう。
 五十ポンド、22.6796キロの河童はがりがりである。フライ級でさえ112ポンドなのだ。

 あまりにも軽すぎる。芥川の『河童』は痩せすぎだ。

 今日はそれだけ覚えて帰ってください。



[余談①]
 

 芥川の「い」は「ハ」に見える。左が跳ねない。

 龍が格好いい。






[余談②]


 聴診器を「聴信器」と書いている。


娶る?




【余談】


 人生はあっという間だ。

 気が付いたら終わりかけている。

 迷っている時間が無駄だ。

 今すぐパチンコ屋に行こう。

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