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芥川龍之介 「京都の舞妓はピグミイみたい」


「偸盗」の続篇はね
 もっと波瀾重畳だよ
 それだけ重畳恐縮してゐる次第だ
 始は一日に三四枚づつかいた
 がしまひには一日に十七枚書いて
 我ながら長田幹彦位にはなれると思つたよ
 何しろ支離滅裂だから
 この頃支離滅裂なりに安心しちまつたがね
 今月号をよんぢまつた以上は続篇もよんでくれ
 僕が羽目をはづすとかう云ふものを書くと云ふ参考位にはなるだらう
 とにかくふるはない事は夥しいよ

[大正六年四月二十五日 松岡譲宛]

 仮にこの「「偸盗」の続篇」が『羅生門』であったとするなら、これまで夥しく書かれてきた『羅生門』論の多くが少なからず見直しされることになるのではあるまいか。

 私氏自身、『羅生門』については何度も論じながら「偸盗」の続篇という意識はまるでなく、むしろ書いた順番を逆に捉えていた。

 さらに、

①「がしまひには一日に十七枚書いて」……遅筆の芥川が四倍速で書き流している。

②「我ながら長田幹彦位にはなれると思つたよ」……「続金色夜叉」の連載を始めた長田幹彦のように二番煎じを始めた。

③「何しろ支離滅裂だから」……支離滅裂な話として続篇を書いている。

④「羽目をはづすとかう云ふものを書く」……羽目を外して続篇を書いている。

⑤「とにかくふるはない事は夥しいよ」……あれこれうまくいかないまま下記進めている。

 ……とざっとこんなことになりはすまいか。勿論ここには自嘲や謙遜もあろうが、あの極めて斬新と思われた話者のやり口、

作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。所がその主人からは、四五日前に暇を出された。前にも書いたように、当時京都の町は一通りならず衰微していた。

(芥川龍之介『羅生門』)

 こんな表現も実は単なる支離滅裂?

 まさか?

 と確認してみたら『羅生門』の初出は大正四年だった。ああ、びっくりした。

 ではこの「「偸盗」の続篇」とは何なのだ? 『邪宗門』は早いから、まさか『蜘蛛の糸』?

京都の舞妓はピグミイみたいで何だか気にくはなかつた
sex
の感じがないだけならいいがsex以上に自然な人間らしい所がないやうな気がする
やつぱり寺が一番いいよ

[大正六年四月二十五日 松岡譲宛]

 そうか、寺がいいのか。

 それより「偸盗」の続篇」とは何なのだ? 



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