芥川龍之介 「京都の舞妓はピグミイみたい」
仮にこの「「偸盗」の続篇」が『羅生門』であったとするなら、これまで夥しく書かれてきた『羅生門』論の多くが少なからず見直しされることになるのではあるまいか。
私氏自身、『羅生門』については何度も論じながら「偸盗」の続篇という意識はまるでなく、むしろ書いた順番を逆に捉えていた。
さらに、
①「がしまひには一日に十七枚書いて」……遅筆の芥川が四倍速で書き流している。
②「我ながら長田幹彦位にはなれると思つたよ」……「続金色夜叉」の連載を始めた長田幹彦のように二番煎じを始めた。
③「何しろ支離滅裂だから」……支離滅裂な話として続篇を書いている。
④「羽目をはづすとかう云ふものを書く」……羽目を外して続篇を書いている。
⑤「とにかくふるはない事は夥しいよ」……あれこれうまくいかないまま下記進めている。
……とざっとこんなことになりはすまいか。勿論ここには自嘲や謙遜もあろうが、あの極めて斬新と思われた話者のやり口、
こんな表現も実は単なる支離滅裂?
まさか?
と確認してみたら『羅生門』の初出は大正四年だった。ああ、びっくりした。
ではこの「「偸盗」の続篇」とは何なのだ? 『邪宗門』は早いから、まさか『蜘蛛の糸』?
そうか、寺がいいのか。
それより「偸盗」の続篇」とは何なのだ?
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