見出し画像

死について考える

ある本を読んで、死について考えたいと思います。

人は生まれてから、一直線で死に真っすぐ向かっている。

どんなに嫌がろうと、どんなに否定してもそれは必ずやってくる。

時間の存在をいろいろと話す人がいるけど、

結局はそれに向かうまでの間隔を図るだけのもので、アインシュタインが話している

相対性理論の時間の感じ方も、生き物の生きる間隔だけであって、すべては死につながっている。

ある人が言っていたけど、死んだら墓場には何も持っていけないと話していた。

地位も、名誉も、お金も、土地も、お酒も、恋人や遊び相手、不倫相手、
友達、etc

たくさんあるのだけど、結局は生きているうちしか使えないし、どんなものもすべてを無くすという。

死んだことないからわからないのですが、残るものって、今感じている記憶とか、考え方とか、そういったものなのかなと思う。

お金って、結局はただの引換券で、たくさんあっても、国がなくなればただの紙切れでしかないということは、いろいろな人が話している。

本当は、そんなものに執着するんじゃなくて、いい景色を見て感動したり

大切な人とたくさん話して笑ったり。

大切な人を失ったときに泣いたり。

譲れないものを否定されたときに、怒ったり。

そういう感覚を大切にして、生きている時間を仕事だけではなく、自分の心が動くことに使うことや

大切なものに使うことのほうが、本当は大事なのかなと思う。

明日、地球が滅んだり、隕石が落ちてすべてがなくなるなら、読んでくれている人はどんなことに時間を使うのだろう?

そういうことを定期的に考えてみて、自分は人生に満足しているのだろうかと

たまに考えてみるのも大切なのかな?と考えてみた・・・

何年か前に、上空から大きな石が落ちてきて、頭に当たったことがあります。

幸いにもヘルメットをかぶっていたので、大事には至らなかったのですが、

意識を失い、その場に倒れました。

その時に、なんで寝ているんだろうと感じました。

結構、気持ちよく置きたくないと感じ、そのまま寝ていようとも感じました。

その時の、意識は今でも覚えています。

その時のことを考えると、もしかしたら死んだらこんな感じなのかなと思いました。

ほかにも、高いところから落ちた時に、すべてがスローモーションに感じました。

その時のことは、はっきりと覚えています。

その2つの経験をしてから、上記のことを考えるようにしています。

文章がうまく書けていないのですが、もしよかったら感想をよろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?