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ヒッチハイク紀行文⑨NEOPASA浜松〜名古屋

東京から浜松まで来ることが出来て、僕は勢い付いていた。このままトラックの運転手に乗せてもらえば、名古屋と言わずに大阪あたりまで行けるのではないだろうか。
そうしたら初日の遅れを取り戻せる。
目標は、高くだ。
NEOPASA浜松はかなり大きいPAだった。
フードコートやお土産コーナー、コンビニなどが入った建物を中心として、西側に小型車、東側に大型車の駐車スペースがある。しかも、それぞれがかなり大きい。
30分もあれば成功するはずだ。
僕はお土産コーナーを少しぶらついたあと、大型車の駐車スペースへと向かった。

✳︎

案の定、駐車しているトラックからは沢山の運転手が降りてきて、フードコーナーやトイレへと向かって行った。
僕はそれらの間に立ち、一人一人「名古屋方面へ行きませんか?」と声をかけていった。
みんな疲れているので鬱陶しそうにする人が大半だったが、中には笑顔で受け答えしてくれる人もいた。
これから夜中まで寝る人、別の方向へ行く人、会社の決まりで乗せられない人など、受け答えしてくれる人でも条件が合わないと成功しない。
夜の22時頃だったら乗せられると言う人もいた。
合宿に行く途中なのか、同じジャージを着た中学生の集団ともすれ違った。
ちょっとだけ中学生の好奇の眼差しが気になったが、まぁ仕方ない。
運転手と話はできているので全然失敗している感覚はなかったが、気付いたら40分くらい経っていた。
このまま粘っていたらイケるかもしれないが、ちょっと気分を変えたくなった。
小型車の停車するゾーンへ移動することにする。

✳︎

さっきは気にならなかったが、中央にある建物を通る際、多少周りの視線が気になった。
やはり銀マットにバックパック姿は目立ってしまう。
小型車ゾーンは、さっきの場所よりも人が沢山いた。
家族連れが多いので当たり前だが、それ以外にも先程の合宿中の中学生、それとはまた別の学生の集団などがおり、かなり賑わっていた。
気にせずにヒッチハイクを再開する。

「名古屋方面、行かないですか?」

みんな最初は物珍しそうに見るが、しばらくすると気にしなくなる。
むしろ周りを楽しませるつもりで、積極的に気持ちの良い言葉がけを心がけた。
断られたり無視されてもきっちりお礼を言う、子どもには手を振る。こう言ったことさえやっていれば、悪い印象は与えない。
しかし、暑い。
僕は元々北海道行きの格好で来たのだ。
今日は雲ひとつない晴天なので、ダウンジャケットなんて着ていられない。
僕は腰にダウンジャケットを巻いた状態でヒッチハイクを行っていた。
このPAに到着してから1時間半。
そろそろ疲れてきた。
調子に乗って大阪まで行く気だったが、無理な気がしてきた。
大阪どころか名古屋にも行けないかもしれない。
疲れで顔が無表情になり、声も小さくなってくる。
そろそろ諦めようかと思った時、後ろから声をかけられた。

「あの......乗りますか?」

振り向くと、丸の内あたりで働いてそうなお洒落な格好をした若い女性がそこにいた。
青いシャツに黒いパンツ。スラッとしたシルエットで、大きな垂れ目が特徴的だった。

「友達の車なんですけど、名古屋まで行くので、良かったら」

「え、あ、是非!!」

まさかこんな若い女性に話しかけてもらえるとは思っておらず、挙動不審になってしまった。
車に向かう最中に聞いてみた。

「友達って、女の子?」

「そうです。軽なんで狭いかもですけど」

「え、なんで乗せてくれようと思ったの?」

「いや、私も学生の時ヒッチハイクしたかったんです。でも出来なくて、思わず話しかけちゃいました」

なるほど、そう言うことか。

「よく旅行とか行くの?」

「はい、旅行好きです。あ、これです」

車に到着した。助手席にはシックなワンピースを着た女性が座っていた。

「お待たせ」

「はーい。あ、どうも」

「いや、ありがとうございます。うわ、めちゃくちゃ車内キレイ。いんすか、こんな格好したやつが乗って」

「全然全然、どうぞー」

「リナのスマホ繋がった?」

「いや、繋がんない」

「あれぇ、なんだろうね」

2人はスマホをBluetoothで車のオーディオに繋げようとしていたが苦戦しているらしく、2、3分程度格闘していた。その間喋りかけることができず、若干気まずかった。

「まぁいいや、いこ」

諦めたようだ。

「いや、ほんと、ありがとう。女子2人なのに男乗せるの怖くなかったの?」

「うん......まぁ、1人だったら怖いかもだけど」

「私は自分からは乗せないかな」

「あはは、リナはそうだよね」

「いや、アンタが自由人なんだってば」

「いやいや、そんなことないけど」

「ね、なんかさっき聞いたけど、学生時代ヒッチハイクしたかったとかなんとか」

「そう、この子普通に海外とか1人で行ったりしてたからさ。ふらっと行ってきま〜すって感じで」

「もうね、思い立ったら行きたくなるのよ」

めちゃくちゃ気が合いそうだった。

「へぇ、どこ行ったの?」

「いや、全然大したことないんだけどさ」

「モロッコだっけ?その辺行ってなかった?」

「そうそう。あとヨーロッパ旅したりとか」

「へぇ!すげぇ!」

「お兄さんも旅とか行くの?」

「いや、俺も言うてそんなに。東南アジア行ったりとかそんな程度」

「へぇ、東南アジアもいいなぁ」

「私はもっと南国とか安全で暖かいとこ行きたいわ」

「ね、でもわかる。社会人になると普通に金払って有名な観光地行くのでいいやって気になってくる」

「今日は2人で旅行してたの?」

「そうそう、熱海の方の星野リゾートに一泊して、その帰り」

「やば!めっちゃ高いところやん」

「最高だったよね」

「いやマジ最高だった。癒された〜」

「うわいいなぁ。2人はなに、職場の同僚とか?」

「いや、高校の時からの友達。職場は違うんだけど」

「そっか。休み合わせてって感じか」

「そんな感じ」

「有給とって合わせたんだ?」

「いや......有給は、ねぇ?」

「うん、取れないよね」

「あ、マジか。めっちゃ忙しい職場なんだ?」

「うん。有給とか取ろうもんなら『え、取るんですか?このクソ忙しいのに?』みたいな顔されるよね」

「されるされる」

「やば。じゃあ消化できないやん」

「うん、消滅とか普通だよね」

「マジ!?だいぶブラックやん」

「うん。まぁよく言われるよね、うちらの業界ブラックだって」

「うん」

「え、ってか2人とも仕事は何してるの?」

「......看護師です」

「あ、そりゃ、ブラックだわ」

「うん。あはは」

「別々の職場で看護師やってるってことか」

「そうそう」

「何科なの?」

「私は認知症病棟」

「私は消化器内科かな」

「え、認知症ってすごいな。消化器ってことはコロナとか対応するの?」

「うん、するけど、今は全然落ち着いてるかな」

「あ、そうなんだ。初期の頃は流石にやばかった?」

「いややばかったねぇ。手当てもらえたけど、ぜんっぜん足りんわ!みたいな」

「そうかぁ。大変だろうなぁ。え、あのさ、看護師さんってさ、やりがいとかどう?感じる?」

「「えー......」」

顔を見合わせる2人。

「もうね、忙しすぎてそんな感情ないよね」

「うん。新人の頃はあったかもしれないけど。だってさ、一人の看護師が何十人もの患者を担当するんだよ?もう、そもそもキャパオーバーだわ!みたいな。名前覚えてるだけでも私偉いって思うもん」

「あはは、わかる!私のとこもさ、認知症病棟だから、よく院内徘徊して廊下でおしっこしちゃう人とかがいて、そう言う人はモニターで観察したりするんだけど、『あ、〇〇さん動いたよ!行ってきて!あ!まだ廊下じゃないのにもうおしっこしようとしてる!急いで!』みたいなやりとりが繰り広げられるわけよ。もうさ、動物園だよね」

「うわぁ」

「リナよくつねられるんでしょ?」

「そうそう。認知症の人って、鼻に管入れられてる時とか、自分が何されてるかわかってないから怖いんだろうね。そう言う感情が昂るようなことがあると、結構つねってくるのよ。マジね、思いっきりつねられると普通にアザになるからね」

「へぇ......」

「普通に感情制御できなくて謎にめちゃくちゃキレてくる人とかもいるし。あ、でも、やりがいってことで言うと、認知症で何言ってるかわからないんだけど、上手く向こうの伝えたい意図を汲み取ることが出来て、それに正しい応答をしてあげたりすると喜ばれることがあって、そう言う時はまぁ、やりがい感じなくもないかなぁ」

「へぇ、そうなんだ。いいじゃん」

「ユナは転職するんだもんね」

「そうそう、転職する」

「あ、そうなんだ」

「うん。もう私はもはや忙しくてやりがいとか感じなくなってきたから、『あ、やめよう』って思って」

「あはは、アンタ本当急に思い立つよね」

「いや、もう思い立ったらすぐ行動しちゃうから」

「さすがフッ軽。じゃあ看護師辞めるの?」

「いや、違う。もうちょっと条件良さそうなところに行くだけ」

「そうなんだ。転職までの間に旅行すればいいのに」

「あはは、たしかに。でもそんな休む間もなく次の職場始まっちゃうわ」

「そっかそっか」

「いや、だからね、看護師辞める時は寿退社くらいですよ」

「あーそう」

「うん。先輩でも多いよ、結婚して主婦やって、子育て終わったらまた戻ってくる人とか」

「ね。でもさ、結局あの頃みたいに長時間は働けない!ってなって非常勤とかで入ったりすると、振られる業務量はほぼ変わらんから、安い賃金で激務でって感じで続かないのよね、みんな」

「それは闇だな」

「うん。だから辞める人も多い」

「なるほどねぇ。2人はいつまでに結婚したいとかあるの?」

「え〜?どう?」

「いや、まぁ数年以内にはって感じ?かな」

「でも私人と一緒に住むの無理だから、結婚できないと思うわ」

「あはは。たしかに」

「あ、そうなの?」

「うん、今も半同棲してる人いるんだけど、もう家にいるだけでイライラするよね」

「なんでよ!」

「いや、なんか物音立てられたり、だらだら寝てたりすると腹立つ」

「怖すぎ」

「なんだっけ、リナめっちゃ後輩にキレるんでしょ?」

「いや、キレるって言うか、看護師やってるやつみんなナヨナヨしたやつ多いから、なんかむかついちゃうんだよね。この前も、患者さんから一時的に預かったコップをさ、普通に床に置くわけよ。しかも前も注意したのよ?普通にダメじゃん?だから『何回言えばわかるんですか?』って詰めたよね」

「あはははは」

「いや、怖いんだが」

『でも普通に床はダメじゃない?」

「まぁ、たしかに」

「看護師は気が強いからやめといた方がいいよ」

「そうそう、みんなすっげぇ現実主義だから、キャピキャピしてる人あんまりいない」

「友達の看護師もそんな感じかも」

「でしょ」

「看護師ってさ、出会いあるの?」

「男との?」

「うん」

「いや、ないない。先生とか、たまに男性看護師もいるけど、みんなナヨってしてるし」

「じゃあマッチングアプリとか結構使う?」

「めっちゃ使うよね」

「うん。看護師使ってる人めっちゃ多いよね」

「彼氏いても関係なし?」

「うん、私らまだまだこれからじゃん?」

「あはは、いや、何がだよ!」

2人との会話は面白く、ずっと話していても飽きない。
気付いたら名古屋の近くまで来ていた。

「あ、もうすぐじゃない?」

「そうだね。どこで降ろす?」

「市内は出ない方がいいんでしょう?捕まらないもんね」

「あ、いや、でも今日は名古屋に泊まるから、市内の方がありがたい」

「あ、そうなんだ。どうしようか?」

「あれ、お兄さん、なんか面白い人と会いたいんだっけ?」

「あ、そうそう」

「そっか。そしたら大須商店街あたりで降ろしたら面白いオッチャンとかに絡まれるんじゃない?」

「ああ、そうね。それか、まぁ飲み屋とかなら栄とかかな」

「うんうん。じゃあその辺で降ろすか」

「あざっす!」

よくわからなかったが、いい感じのところで降ろしてくれるらしい。

「あ、そうだ。僕さ、この旅で出会った人に、ノートに一言書いてもらってるのよ。2人も書いてくれない?」

2人にじゆうちょうの説明をした。
降りたところで書いてくれることになった。

「え、ちょっと待った。この辺めっちゃ怖いんだけど」

「この辺あんまり車で来ないもんね。あ、名古屋はね、飛ばし屋多いから車で来ない方がいいよ」

「名古屋走りね」

「あ、そんなのあるんだ」

「狭い車間距離でも平気で入ってくるからね」

それは恐ろしい話だった。

「この辺かな」

「そうだね。よし、到着!」

✳︎

PAからおよそ1時間半かかって名古屋に到着した。
ちょっと感慨深い。
2人はじゆうちょうに一言ずつ書いてくれた。

「おばあちゃんになってもユナと温泉同好会に行きたい♡」

「人生楽しんだもん勝ち!」

2人らしい一言で、嬉しかった。

「ほんと、頑張ってね!!」

別れ際、ユナちゃんと固い握手を交わした。
学生時代チャレンジすることができなかったユナちゃんの気持ちが、その握手からは伝わってきた。

「これあげる」

リナちゃんからはうなぎパイをもらった。静岡で買ったお土産らしい。

「ありがとう。2人も、仕事めちゃくちゃ大変だろうけど、頑張ってね......!」

「うん、またね!気をつけて!」

「じゃあね〜」

車を見送り、歩き出す。
とりあえずトイレに行きたい。
これからのことはノープラン。
胸を熱くしたまま僕はトイレに走った。

続く。

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