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ヒッチハイク紀行文⑬草津PA〜難波

「あれ?鍵がねぇ」

タカさんが車の鍵を失くした。
草津PAに着いてから、僕たちは車から降りてトイレに行こうとしていたのだが、鍵を失くして車から降りられないでいた。
タカさんは足が悪いので、PAでは障害者用の駐車スペースに車を停めていた。
とりあえず、僕は車内に沢山転がっていたペットボトルのゴミを捨てるために、先にトイレの方へ向かおうとした。

「あ、あったあった」

見つけたようだ。
お互いトイレを済ませ、特に何か買うでもなく車内に戻る。

「行くか」

大阪まであと1時間。
タカさんは車を出した。

✳︎

「海上自衛隊って、どの位が1番偉いんですか?」

「え?そりゃ、海上幕僚長だよ。1番のトップ」

「へぇ。大将みたいな感じですか?」

「そうだな」

幕僚長なんて初めて聞いた。

「昔さ、俺はある海佐の運転手やってたんだよ」

「海佐?」

「うん。昔の階級で言うと中佐だな」

「え、すごい。ってか運転手って役職があるんですか?」

「いやいや、個人的に仲良くなって。それで」

「え、そんな感じで運転手になれるんですね」

「まぁ、俺の場合はな。『タカさん、こっちも頼むよ』なんて何人かに声かけてもらってな」

「すげぇ」

「で、1番良くしてくれた人がいて。部下である俺を『タカさん、タカさん』って呼んでくれて、すごい良くしてくれたんだよな」

「へぇ、良いですね」

「普通ないぜ?そもそも他の上官は車内で口すら利けないよ。あの人は、俺のことも1人の人として見てくれたなぁ」

「素敵な人ですね」

「退職した後にさ、その人は高級ホテルの社長に就いたんだけど、一回遊びに来いって言うんだよ。それで行くだろ。そしたら通常料金でスイートルーム取ってくれてさ、参ったよ。しっかり手紙も用意しててさ」

「え、社長?」

「うん。幹部クラスになると、良いところからお呼びがかかるんだよな」

「あ、そうなんだ」

「うん。退職後もゴルフとか行ってたんだけどな。自衛官の退職って早いんだよ。50代半ばとかで。ある時から体調崩してな、連絡取れなくなっちゃったよ」

「その人?」

「あ、そうそう。山登り行くって言ったっきりな」

「え......それって行方不明ってことですか?」

「そうだなぁ。私生活も大変だったみたいでな。世話になったんだけどな......」

「そうなんですね......」

50代なんて、まだまだ働ける年齢だ。
80代まで生きる人が増えている現代で、「老後」と呼ばれる30年以上、一体何をして過ごしたら良いのか。
再就職先を斡旋してくれるとは言え、全く違う業界は大変なことも多いだろう。
ましてや、家庭が大変だったりすると、だんだん心が擦り減ってくる気持ちもわかる。
タカさんがこうして旅に出ているのだって、女性を取っ替え引っ替えするのだって、そうしないとやってられないからではないか。
それぞれに人生があり、それぞれが毎日大変な日々を送っているのかもしれない。

「僕、この旅で出逢った人に一言書いてもらってるんですよ」

「え?」

「いや、旅先で出逢った人たちに一言もらってるんです。ノートに」

「なんの一言?」

「なんでも。夢とか、今の気持ちとか、人生の生きがいとか、なんでも」

「ガハハ!夢ったってなぁ。もう後死ぬだけだろ」

「いや、なので別になんでも良いんです」

「それを何?俺に書けって?」

「はい。大阪着いたらで良いんで」

「わかった」

「ありがとうございます」

旅は一期一会。
今日と言う日の、あの時間に、大山田PAのトイレの前に居たから出逢えた僕たち。
そんな何の関係性もない僕たちが、今こうして会話をしている。その意味を、何かしらに残したかった。
道端で肩がぶつかって舌打ちをしてくる人にも、それぞれの人生がある。みんな誰かを想って生きている。
ともすると忘れてしまう。
あの人が同じ血の通った人間であることを。
「あいつ」は敵ではなく、のっぺらぼうではなく、誰かさんではなく、人間だ。
忘れたくない。
心が通う瞬間を。
対話をすることの喜びを。
そうでなければ、待っているのは孤独だけだ。

✳︎

「ここ、下りるぞ」

僕の友人が住んでいるのは、難波駅の近くだ。
タカさんにお願いして、その辺まで送ってもらうことにした。
大阪に到着し、僕たちは高速を降りた。

「腹減ったよ」

僕もタカさんに同感だった。
難波センター街商店街の近くの駐車場に車を停め、僕たちはラーメン屋を目指した。
タカさんがラーメンを求めていたからだ。

「この辺ラーメン色々ありますけど」

「うん、何でも良いよ」

タカさんのペースに合わせて歩く。

「あ、あそこで良いじゃん」

タカさんが指差したのはたこ焼き屋だった。

「あれ、ラーメンじゃないっすよ」

「何でもいいよ」

何でもいいらしかったので、僕たちはそこに入ることにした。
時刻は14時半、遅めの昼食だ。

「たこ焼き2つ」

タカさんは注文だけして、奥の座席に向かって行った。老舗っぽいたこ焼き屋は、70代くらいの主人が1人で切り盛りしていた。店主からたこ焼きを2つ受け取り、タカさんの元へ運ぶ。

「200円でいいよ」

「ありがとうございます!」

タカさんに200円を払う。
たこ焼きは美味しかった。

「ここ、有名店なんだな」

壁には沢山の芸能人のサインが飾られていた。

「そうですね」

「ちょっとさ、この辺にホテルがないか調べてくれる?東横イン」

タカさんの目は、今にも眠ってしまいそうなくらいトロンとしていた。よほど疲れたのだろう。説得して大阪まで乗せてもらったのが、若干申し訳なくなった。
調べると、すぐ近くに東横インはあった。
電話して予約を取ろうとしたが、本人じゃないとダメと言うことになり、結局タカさんが対応した。

「何で本人じゃなきゃダメなわけ?それとさ、昨日名古屋でそちらさんに泊まったわけだけど、俺あったま来てさ。初めてだよ。『障害者用の駐車場はありません』って言われたの。おかしいんじゃない?そちらはあるわけ?」

タカさんがキレていた。
どうやら昨日名古屋の東横インで揉めたらしい。
責任者を呼んで、対応してもらったとのことだった。
たこ焼きを食べ終わり、タカさんのホテルへの愚痴を聞きながら駐車場へと戻った。

「え!?ちょっと停めただけなのに800円も取られだぜ。高すぎだろ〜」

タカさんは怒っていた。
眠くてイライラしているのかもしれない。

「200円ある?」

「へい、ありやす」

僕はもはや子分みたいになっていた。
タカさんを東横インまでナビする。

「アンタ、これからどうするの?」

「とりあえず、観光して、夜に友達と合流します」

「あ、そう」

「タカさんは?」

「俺は寝るよ。とりあえず明日のことも寝てから考える」

「ゆっくり休んでください」

「おう」

ホテルに着いた。

「ちょっと車停めとくから受付してきて」

「え、本人じゃなくて平気なんですか?」

「平気だよ。ほれ、このカード持ってって」

絶対平気じゃない気がしたが、とりあえず行ってみる。

「すみません、予約した高橋ですが」

「はい、ご本人様でよろしいでしょうか?」

「あ、いや、本人はもうすぐ来ます」

「え?」

「ねぇ!この障害者用のスペースに停めていいんでしょう?」

遠くからタカさんが叫んでいた。

「あ、あの人です」

「はぁ」

ホテルの前に障害者用の駐車スペースがあり、そこだと安いらしい。昨日もそこに停めていいか、値段はいくらかなどでフロントの人と揉めたらしい。
僕は巻き込まれたくなかったので、フロント近くの椅子で休んでいることにした。
と言うか、すぐに来るならばわざわざ受付を僕に頼まなくても良かったと思うが。
フロントの女性といくつか言葉を交わし、無事疑問は解消されたみたいだった。

「昨日も言ったんだよ。障害者舐めてんのかって。言ってること人によって変わるからさぁ」

「大変でしたね」

「で、何か書くんでしょ?」

「あ、はい。このノートです」

「うん、貸して」

タカさんは、こう書いてくれた。

「出会えて楽しかったです。明日また楽しい出会が待っていると思います。気をつけてたびして下さい。また面会を楽しみにしています」

普段の口調とは違って、丁寧な文章を書いてくれた。

「ありがとうございます。横浜、割と近いので、東京戻ったら連絡します。飲みましょう」

「うん。いつでも連絡ちょうだい」

僕はタカさんとLINEを交換した。

「あ、明日出発時間かぶったら、近くのパーキングエリアまで送ってくれません?」

「おう、いいよ。方向一緒だったらな」

大阪からの脱出も何とかなりそうだった。
下道でのヒッチハイクは大変なので、タカさんに感謝だ。

「じゃあ、僕はもう行きます」

「うん、またな」

握手を交わしてタカさんと別れた。
時刻は16時。
友人との約束まで3時間ほどある。
それまで観光することにした。
外に出ると若干雨が降っていた。
行き先は決まっていない。
僕はもう一度振り向いた。
タカさんはもうこちらを見ていなかった。
僕は大阪の街を歩き出した。

続く。

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