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ヒッチハイク紀行文⑱ 灘

秀明さんに連れられて、灘の町を観光した。
この町は最近開発が進んでおり、カフェやジム、アートギャラリーなど、少しずつ新しい建物が増えていて、日に日に活気付いていると言う。
とは言え長年この土地に住んでいる地元の人同士の交流も根強く残っているので、秀明さんの想いとしては、次々に新しい建物を建てることはせずに、上手く共存しながらこの町を良くしていって欲しいとのことだった。
確かに、神戸線の高架下を中心に、面白いお店が数軒建築中だった。

「神戸の町は、方向音痴の人に優しい設計になってんねん」

「どうしてですか?」

「山の傾斜に沿って町が作られてるから、迷ったら下ればいい。そしたら海に出れる。海沿いは駅が多いから、海まで出ちゃえば迷いようがないって感じや」

その話は、方向音痴の僕からすると朗報だった。
旅は常に新たな町を転々とする。そこでまずやることは、どんな町なのか実際に歩いて知ることだが、Googleマップが発達した現代に於いては、行き先を入力するだけで簡単に目的地に辿り着いてしまう。
もしスマホが無かったらどうするだろう。
マックに行くにも一苦労かもしれない。
マックに限らず、行きたい場所があれば、道ゆく人に聞くことになるだろう。
そうしたら交流が生まれる。
人に頼り、頼られの関係も生まれる。
現代はスマホ1つでなんでもできてしまう。その代償に個人主義的な価値観に染まり、「人に迷惑をかけてはいけない」と言う考えに陥りがちだ。
「スマホで調べりゃわかるのに、なんでわざわざ道なんて尋ねてくるんだろう」
人々がそう思えば思うほど、「話しかける理由」は無くなっていく。そうすると、どんどん人々の間に溝が生まれるのではないか。
今回のヒッチハイクの旅を通して、僕はそんなことを考えるようになった。

✳︎

「自分、今日はどこに泊まるん?」

「いや、全く考えてないです」

「さっき通ったゲストハウスとかはどうなん?」

「ああ、ゲストハウス」

僕は極力、この旅でゲストハウスを利用したくなかった。
野宿や知り合った人の家などにお邪魔し、宿代をかからないようにしようと考えていた。
しかしそれはすごく卑しい気がして、考えを改めた方が良いような気にもなってきた。

「ちょっと見てみますか」

「オッケー」

秀明さんに連れられて、ゲストハウスの下見に来た。
入り口はガラス張りになっていて、中の様子が見える。覗いたところ、人気はない。

「入ってみるか」

「そうですね」

中に入り、声をかけるが誰も出てこない。
時計を確認すると、15時だった。
この時間はちょうど、宿泊客は出かけている時間だし、スタッフはシフトの関係で外している時間なのかもしれない。

「ここに電話番号書いてあるな」

「電話してみますか」

電話したが、繋がらない。
僕たちは出直すことにした。

✳︎

「あはは。ウチのオカン、今彼氏と近くにいるらしいわ。会ってみるか?」

「是非お会いしたいです」

「オッケー。今2人ともチャリで花見してるらしいから、近くまで呼び出すわ」

「え、2人で過ごす時間なのに平気ですか」

「平気やろ」

秀明さんのお母さんと会うことになった。
「彼氏」と言うのが気になったので質問してみる。
話によると、お母さんは離婚していて今は彼氏と喫茶店を営んでいるらしい。
その店は、前のオーナーから引き継いだもので、元々働いていた店のオーナーが病気になり、代わりにお母さんが切り盛りしていたらしいのだが、結局オーナーは亡くなってしまい、お母さんが継ぐことになったと言う。
同じく働いていた男性と意気投合し、今は2人で営業しているとのことだ。

「川崎くん、良い人やで。多分頼めば2人ともノートに一言書いてくれると思うわ」

「川崎くん?彼氏さんですか?」

「そうそう。ちゃんと川崎くんって呼ぶんやで」

いきなり歳上の男性に「君付け」で呼ぶのはハードルが高い。

「2人は顔広いから、面白そうな人いないか聞いてみるとええわ」

まさかヒッチハイクで乗せてくれた人の家族に会うことになるとは。
これも旅の醍醐味だ。

✳︎

「お、来たで」

2人は本当に自転車だった。
お母さんの方は、麦わら帽子におっとりした目が特徴的で、彼氏の方は、整った白髪で背が高く、穏やかな雰囲気をまとっていた。

「初めまして。ヒロコです」

「川崎です」

「小針です。すみませんいきなり」

「ううん、ええよ。なに?ヒッチハイクしてるん?」

「そうそう。神戸に来る途中でさ、吹田SAってあるやんか。そこでひろってん。で、なんか旅の途中でおもろい人に会いたいって言うてたやんか。ほいで2人なら顔広いし、誰か知らんかな思て」

「面白い人かぁ。あれかな、『たかや』の主人なんか変わってるよな」

「そうやな。旅行が好きって言うてたしな」

「あとはどこやろ。『ミルミル』とかはおもろいんちゃう?」

「ああ、『ミルミル』か。いや、あそこはちょっと違うんちゃう?ただただ飲まされて終わるで」

「『たかや』?『ミルミル』?」

「ああ、『たかや』は焼き鳥屋やっけ?俺は行ったことないんやけど。『ミルミル』はスナックやな。さっき話した沖縄の歌手の子が前にバイトしてたわ」

「ああ、元カノさん?」

「あ、そうそう」

「え?結局元カノなんすか?」

「めんどかったから、そう言うことにしとんねん」

秀明さんはボソッと僕に答えた。

「でも『ミルミル』は雰囲気ちゃうと思うわ。あそこ、ホンマ飲ませて客潰すからな。アレやろ、自分が求めてるのは、しっとり飲みながら、深い話ができるような店やろ?」

「そうですね、どちらかと言えば」

「そっかぁ。あ、あれは?ゲストハウス」

「あ、そうそう『MAYA』やろ?さっき行ったわ。誰もおらんくて退散したけどな」

「あ、そうなん?朴さんは割と仲良いよな?」

「そうやな。良く店にも来てくれるしな」

「オーナーさんですか?」

「そうそう。韓国の人なんやけど、神戸が気に入って自分でゲストハウス建てた人でな」

「その人と話すと色々おもろい話聞けると思うわ」

「これ、決まりちゃう?もう今日はゲストハウス泊まり」

「そうっすね。後で電話してみますわ」

「立ち話もアレやから、どっか入る?お昼ご飯は食べたん?」

「軽く食ったな。さっきコンビニで弁当買うてあげてん。でもせっかくやし行こうや」

「行きますか」

✳︎

4人でファミレスに入ることになった。
そこで川崎くんにステーキチャーハンを奢ってもらった。
『じゆうちょう』の話もして、3人に書いてもらった。
「夢なんて大層なこと、考えたことなかったわぁ」
と困っていたヒロコさんに、喫茶店の話を色々聞いた。

「喫茶店で働く上で、やりがいとかあるんですか?」

「やりがいかぁ......なんやろなぁ......私はただ、お料理運んでお客さんとお喋りしてるだけやし。お料理作ってるのはこの人やから、特に仕事してるって感じもないしな」

「でもヒロコさん、アレでしょ。常連さんの健康とか気にしてるじゃない」

「ああ、そうやな。常連さんには、毎日変わったことがないか聞いてるな。何食べた?とか、体に変化ないか?とか。特にコロナになってからは、あんまり家から出ぇへん人もおるしな。話すことで、少しでも元気になって欲しいとは思っとるかな」

「へぇ、そうなんや」

秀明さんが関心していた。

「でも、忙しい時はアツシさんに怒られてしまうんよ。しっかり運んで欲しいって。ホンマ、申し訳ないわぁ」

アツシさんとは、川崎くんのことだろう。
話を聞いている川崎くんの表情は終止にこやかで、「怒る」と言っても、かわいいモノなのが想像できた。
2人の仲の良さが良くわかる。

「そう。やから、アレかな。素早くお客さんをさばいて、たくさん利益を得るって言う運営方針ではウチは無いから、書けるとしたらなんやろ、秀明どう思う?」

「なんでもええやん。別に一言でええんやし」

「そうですね。利益よりもお客さんが大事って感じですよね」

「ああ、ほんなら『金より命』って書いたったらええやん」

「そんなんでええの?」

「全然良いですよ!素敵です」

「わかった。ほんならそれで」

ヒロコさんと川崎くんの話を聞いていると、地域に根ざした素敵な喫茶店であることが容易に想像できた。
僕もその喫茶店に行ってみたくなった。

「ありがとうございます。素敵ですね。僕も是非その喫茶店にお邪魔したくなりました」

「うんうん、来て来て。今日は休みやけど、明日ならやってるから」

「そうですね。今日はその『MAYA』ってゲストハウスに泊まって、明日のお昼くらいにお邪魔しようかな」

「アツシさんの作る『オムカレー』めっちゃ美味しいから食べて欲しいわ」

「おお!聞くだけで美味しそう!」

「ええな。色々予定決まって来たやん」

「いや、秀明さんのおかげっすわ。めちゃくちゃ神戸満喫です」

「満喫ついでに、ジムも来るか?多分、ウチのオーナーやったらオッケーしてくれると思うわ」

「ジムって、どんなジムなんですか?」

「キックボクシング」

「え!?僕てっきり、身体鍛えるジムかと思ってました」

「いやいや、キックボクシングやで。無料体験やっとるから、アレやったらLINEで聞いてみるで」

「おお......ちょっと興味あるなぁ」

「なんならタオルとか服も貸すし」

「ええ......至れり尽くせり......」

「旅のネタにもなるやろ」

「ですね......うん、そしたら行こうかなぁ」

「わかった。オーナーに聞いてみるわ」

あれよあれよと、これからの予定が埋まっていく。
吹田SAでの出逢いから始まり、こんなにも豊かな旅になっていく。
多分、普通に交通機関を使った一人旅だったら、中々こんな展開にはならないだろう。
ヒッチハイクと言う形での出逢いが、こんなにも人との距離感を縮めてくれるのかもしれない。

「水道筋商店街には行ったん?」

「いや、まだ行ってないねん」

「ほんなら時間まで案内してあげたら?ちょうどさっき話に出た『たかや』もあるし」

「そうやな。この後、仕事終わりの彼女を迎えに行って、一旦俺ん家寄って着替え取って、ジム行ってってなるから、その前に商店街見るか。時間あるし」

「いやぁ、ありがたいです」

「私らの店もその商店街にあるんよ」

「うん、車その辺停めて商店街案内するわ。場所わかれば明日1人でも行けるやろ」

時刻は16時。お腹も心もいっぱいいっぱい。
普段ならそろそろヒッチハイクを終え、宿を探している頃だ。
しかし今日はまだまだ終わらない。
むしろこれからが本番だ。
僕の胸は最高潮に高まっていた。
一旦2人に別れを告げ、再び秀明さんの車に乗り込む。

神戸での夜が、はじまる。

続く。

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