同期でいたい 1

「今日飲みに行こ」
残業しながら打ったラインはすぐ既読になった。
「了解、あと30分」
簡潔な高木らしい答えに、にんまりが止まらない。
「フロアまで迎えに来てよ」
調子に乗って続けたラインは、既読スルーされた。いつもだ。
「仕事が終わったら、私の部署まで迎えに来て」っていう頼みだけは、絶対に叶えてくれない。

***

ま、飲みに行けるだけ御の字でしょ。私は急いでエクセルを保存して、簡単に日報を入力、課長宛に送信した。

「町田課長、日報出したんで承認お願いしまーす。じゃ、お先です」
まだ残っていた課長は目をあげて「おー」と言ったあと、少し不思議そうな顔をした。
「なんで残業後に、そんな明るい顔してんだ?これからデートでもあんの」
「やだなぁ課長。ただの同期との飲みですよ」
「ほー。若いね。ま、お疲れ」

フロアに課長を残して、私はパタパタと階段で一階下に降りた。
「お、いるいる」
半分電気を消したフロアで、いつものように頭を抱えた高木が1人でぽつんと仕事をしていた。

声をかける前に、廊下の奥にあるトイレに入る。ミスト化粧水を顔に吹きつけて、ファンデを塗り直し、軽くチークをはたいて、グロスをぬる。髪は手ぐしで整える。さすがに巻き直すのは気合が入りすぎるから。

「お疲れ〜」
軽く声をかけると、高木は顔もあげずに「ん」と答えた。
「て、ユーチューブ見てるし」
スマホでアイドルのPVを流しながらパソコンを打っている。
「だって進まねーんだもん」
「だからって会社でアイドル見なくたって」
「癒しが足りない、潤いが足りない」
「はいはい。ちゃっちゃと済ませて、早く飲もうよ。なんか手伝う?」

***

私はガーガーとコピーをとり、パチンパチンとホチキスで資料を止めていった。
「こういう仕事、新入社員のとき以来だし」
「そういや研修中のグループ一緒だったよな」
「そうそう!ミノリが自分勝手でさ、大変だったよね〜」
「横峯ミノリ、結婚したらしいよ。転勤先で。来月の社報に載るって」


タイミング悪く針がなくなって、ホチキスの手を止める。高木が顔を覗き込んで来た。
「ん?ナツキ、もしかして先越された〜とか思った?どういう気分?片や結婚、片や残業中の、この格差」
「は?何とも思わないし。ていうかミノリから聞いて知ってたし」

顔を背けて、針を入れる。こういう時に限って、針がうまく入らない。やっとのことで、ホチキスを再開した。
「うそだわー、めっちゃ今、焦ってるじゃん」
「違うって!だいたい私の残業じゃなくて高木の残業手伝ってやってんでしょ、何が格差だ」
高木はケラケラ笑って、「ほら、怒ってる」と言いながらまた顔を覗き込んでくる。
ほんと、この男は。何で私が焦ってるのか教えてやりたくなる。顔近づけてくるからじゃん。

***

「黒野、まだいたのか」
町田課長が、フロアをのぞいてきた。階段で降りて帰っていて、気がついたんだろう。
「あ、はい。ちょっと手伝ってて。すぐ帰ります」

高木は、「やべっ」と小さく言ってユーチューブを止めた。
「あーお前ら、同期なんだっけ…。もしかして付き合ってたりする?」
いたずらぽく課長は言う。私は焦りながらもちょっと嬉しくて、ヘラヘラしてしまうのを止められなかった。
「違いますって、気が合うだけで」
「へー、ま、早めに帰れよ」
課長は帰っていった。

***

取り残されたフロアで、さっきまでの楽しい雰囲気は消えていた。高木はむっつりと黙ってしまった。
「…まーた誤解されるじゃん」
「そんなこと言ったって。大丈夫だよ、否定したんだから」


こういうとき、やるせない気持ちになる。高木は一緒に飲んだり遊びに行ったりしてくれるくせに、会社で私とウワサになるのは極端に嫌っている。だから多分、フロアには絶対迎えに来てくれないのだ。
「月曜、もう一回ちゃんと言っとくからさ。それに町田課長は面白おかしく人に言いふらしたりしない人だよ」
私はため息を気づかれないように、静かにはいた。

こんな関係が、もう四年続いている。

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多分続く。

いたいは、居たいで痛い。



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