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瀬戸内ドライブ 7

橋の手前で悟は車を止めた。小さな駐車場でトイレ休憩を済ませて、少し周りを歩く。橋の向こう側には、これから渡る島と海が穏やかにたたずんでいる。あのハワイの海よりも、透明に近いような青だった。

「なんでここは嫌なん」

悟が急に聞いてくる。

「ここ?」

「地元。いつも言いよるじゃん」

地元が嫌だと悟に直接言った覚えはない。悟はここしか知らないのだから、めったなことは言えない。だけど悟はなんとなく察していたんだろう。ここを見下しているような私の態度を。

「……嫌な思い出がたくさんあるから」

私は、自分の思い出のせいにすることにした。実際そうだ。昔の思い出が、ここをより居心地悪くしているし、外に出たいと思わせた。

「嫌な思い出って?」

「ほら、中学校とかさ」

悟は、小中学生のころの私をよく知っている。そのあとは疎遠だったし、会社での私を悟は知らないけど、根っこの記憶を共有しているのは確かだ。

「そんなに悪かったっけ」

「悪いっていうか、みじめだったよ。悟も助けてくれなかったよね」

「助けが必要だなんて思いもせんかったし」

切り取り方の違い。そう思う。同じ記憶を共有していたって。その中身は少しずつずれている。

どういう場面でシャッターを切って、どこを切り取って、どこを残しているか。それは人それぞれだ。同じ時間を過ごしたからって、同じ事実を覚えているわけじゃない。

悟と私の見た景色はちょっとずつ違ったのだろう。中学で私が苦しい間も、悟は結構楽しそうにやっていた。私だって、小学校から一緒の悟にそんなこと気づかれたくなかったから、悟と話すときにはなんでもないようなふりをしていた。

駐車場に車が二台入って来る。大学生らしき団体が降りてきて、「疲れたー」「海いいね」だとかわいわいと話し出す。ちらちらと、私たち二人をうかがっているような人もいた。恋人にしては微妙な私たちの距離感は、他人からみると奇妙なのかもしれない。

「行こうか」

私たちは車に乗り込んで、橋を渡った。今度は意図的に助手席に乗る。

橋を渡ると小さな島だ。トンネルをまずくぐり、そのあとは道なりに走っていく。

右に見える堤防の向こうにはすぐ海で、反対側はみかん畑の斜面になっていた。みかんの収穫に使うのだろう荷台が置いてあったり、釣り人が休憩中なのかぼうっと座っていたりする。無言のままで車は走り、やがてカーブの一角、広くなったスペースで止まった。

「瀬戸内ドライブ」8に続く

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