グラウンドジャングル
ある朝僕が学校へ行くと、グラウンドがジャングルになっていた。うっそうとしげる草、見たこともない大きな木、むっとする花の匂い。ぜんぶ昨日までのグラウンドにはなかったものだ。カラスやスズメとは違う、けたたましい鳥のなき声も聞こえる。
校門の前には、四年三組の仲間たちが集まってざわざわしている。友達のタクミがかけよってきた。
「大変だよ、リョウ! グラウンドがジャングルになっちゃって、先に進めないんだ」
校舎はグラウンドの向こう側にある。ということは、このジャングルを突っ切らないと学校の中には入れない。
「どうして急にこんなことになったんだろう?」
僕が聞くと、今度は同じクラスのハナがやって来た。
「分からない。朝来たらこうなってたんだよね。でもさ、リョウなら大丈夫なんじゃない?」
何が? と聞くと「だってリョウの夢は冒険家でしょ?」と返される。
そう、僕は世界中のめずらしい植物をあつめる冒険家になりたいんだ。ジャングルだっていつか行ってみたいと思っていた。
「じゃあリーダーに適任だ! リョウ、みんなを学校の中まで連れて行ってよ。な、みんなも賛成だろ?」
タクミに肩をたたかれる。クラスメイトは拍手で賛成してくれて、僕もやる気になった。
「よし! じゃあみんな僕について来て!」
少しこわいけど、そんなことは言ってられない。何しろ、今から僕は四年三組冒険隊のリーダーだからだ。いきようようと出発する。
「僕が踏んだところを歩くんだ。他のところを歩くと危ないよ」
うしろのみんなに注意しながら、僕は足下を木の枝でパシパシ叩き確認しながら進む。突き出した枝や、とがった岩に足をひっかけないよう気をつけないと。ジャングルの中は思ったよりうすぐらかった。
「うわ! 頭に何か落ちてきた」
サブリーダーとして後ろを歩いていたタクミが叫ぶ。思わず上を向くと、おでこにコツンと何か降ってきた。
「なんだ!?」
拾ってみると、赤い木の実だった。コツ、コツコツコツッ! リズミカルに次々降ってくる。
「見て、猿がいる!」
ハナが指さすほうを見ると、木の間に、小さな猿が数匹いた。
「ここから先には行かせないよーだ! ウッキー」
いたずら猿たちはそう言って、ぽいぽい木の実を投げつけた。
「いたっ! 僕ら先に進みたいんだ。邪魔をするのやめてよ」
僕が叫ぶと、猿たちはバカにするようにいっそう大きな声でキーキーと笑った。腹が立つ。
「私に任せて!」
クラスメイトの女の子が、リコーダーを取り出した。音楽が得意なメイだ。ピュルリーピュララーと曲を吹く。
猿たちは最初キョトンとしていた。他にも音楽が得意な子たちがリコーダーをふきはじめる。すると猿たちもだんだん楽しそうになっていき、しまいには木の上で踊り出した。
「よし、このすきに進もう!」
みんなでリコーダーに合わせて行進した。
「音楽のおかげで通り抜けられた! ありがとう」
僕が言うと、メイはにっこりした。
何もかも順調だ。ジャングルを観察しながら歩く余裕もでてきた。珍しそうな植物もたくさんあってワクワクする。
あ! あの花はなんだろう? オレンジ色がまぶしい大きな花。
一歩踏み出したとき、身体がかたむいた。
「あぶないっ!」
間一髪。支えてくれたのは体育が得意な男の子、シュンだった。
「ありがとう、危なかった!」
「油断は禁物だよ。ここから、深い崖なっているみたいだ」
下を向いてゾッとした。落ちたら登れそうにない。
「どうやって先に行こう」
とほうにくれていると、シュンがどんと胸を叩いた。
「俺に任せろ」
シュンは木に巻きついていたツタを、するするとほどく。それにしっかりつかまると、思い切り地面をけった。
「アーアアー!」
叫びながら、ターザンのように崖の向こう側に降りたった。
「す、すごい」
あぜんとしていると、「リョウも来いよ!」と呼びかけられる。でも勇気が出なくて足がすくむ。
後ろを振り返ると、「それなら先に!」と、他にも体育が得意な子たちがどんどんツタを手にして、元気よく渡っていった。
それを見ていると、なんだか楽しそうに思えてくる。
「よし! 僕も行ってみるぞ!」
ツタを手にとり思い切り、地面をけった。びゅんと風を切る。思わず目を閉じると、「今だ飛べ!」と声がした。僕は、えいや! と飛び降りた。
どさっ!
お尻をついてしまったけど、無事に渡ることができた。ターザンみたいにカッコよく飛べなかったけど。
「なんとかなった……。お手本を見せてくれたおかげだよ、ありがとう」
へろへろ言うと、シュンはがしっと手を握り僕を立たせてくれた。
他のみんなも無事に渡ることができて、僕らはまた歩き出した。校舎まではもう少しある。ただのグラウンドならあっという間の距離が、ジャングルとなると進むのは大変だ。
「今度は池だ」
橋もないのにどうやって渡ればいいんだろう。
「泳いでいくか?」
いや、だめだ。池から顔をのぞかせたものを見て、僕はぶんぶん頭をふった。
「この池、ワニがいるぞ」
池にはたくさんのワニがうようよしていた。ギラリと歯をだして、獲物が池に落ちてきやしないかとねらっている。
「おいしそうな子どもたちだなぁ」
「僕らはエサじゃないよ! お願い、池を渡らせてよ」
おそるおそるお願いすると、大きなワニがぬらりとあらあわれた。どのワニよりも大きくて強そう。きっとこいつがワニのリーダーだ。
「オイラたちと勝負して勝てたら、渡してあげよう。でも負けたら食べちゃうからな」
「ど、どんな勝負?」
「数字のクイズだ。三十秒以内に解けたらいいぞ」
「僕に任せて」
前に出てきたのは、クラスでいちばん計算が早いカケルだった。
「ふっふっ、いいだろう」
リーダーワニがしっぽをふると、ワニたちは、それに従うように向こう岸まで一匹ずつ並んだ。ぜんぶで十匹だった。
「よし、じゃあクイズ。向こう岸まで、おいらたちの背中を踏んでいっていいぞ。ただし三匹踏んで進んだら二匹踏んで下がるルールだ。さあて、何回おいらたちの背中を踏んだら向こう岸へつけるかな?」
リーダーワニが、挑発的にしっぽをふった。
ハナはワニを指さしながら、「いち、に、さん……いち、にと戻って」と数えている。
「あと二十秒!」
ワニがニヤニヤする。だめだ。数えていたら制限時間を過ぎてしまう。計算しなきゃ。
ええっと。五回背中を踏んで、やっと一匹分進めるということか。ぜんぶで十匹だから……。頭がこんがらがってきた。
カケルは、手を組んでじっと考えこんでいる。大丈夫かな?
「あと十秒!」と、ワニが叫んだとき、カケルはパッと笑った。
「解けた! 三十八回だ!」
ワニは尻尾でバシンと勢いよく水面をうった。
「じゃあ答え合わせに、本当かやってみろ。三十八回で済まなかったら、その瞬間に食べてやる」
カケルは青ざめた。
「あってる自信はあるけど……。こわいや」
誰だってこわいはずだ。それなら、ここは、リーダーの僕がいくしかない。
「カケル、解いてくれてありがとう。僕が答え合わせはやる!」
「リョウが行くなら俺も!」
タクミが声をかけてくれた。
「いや、タクミはいざというときみんなを守って。サブリーダーなんだから」
タクミは心配そうに僕を見つめる。
「大丈夫! 僕はカケルを信じる」
池の前に立ち、深呼吸した。
「よし、行くぞ! ワニたち。約束は守れよ」
ワニがうなずいたのを確認して、僕はワニの背中に飛び乗った。ぐらっとしたけど、ワニはしっかり浮いてくれて、沈まなかった。
いち、に、さん。クラスメイトの掛け声に合わせて、ワニの背中を踏んで進む。一匹分戻って、よん。また一匹分戻って、ご。
ぴょんぴょん飛んで、行ったり来たりを繰り返す。あと少し。はあはあ息をしながら、八匹目と九匹目の背中を踏む。
「三十六、三十七!」
そこまできて、はっとした。次で終わりだ!
「三十八!」
大きな声で叫びながら、最後のワニの背中を踏む。十匹目はリーダーワニで、悔しそうに背中をぶるりとふるわせた。僕は落とされないよう必死にふんばる。
正解したら食べない約束だけど、ワニの気が変わったら大変だ。いそいで陸地に飛び移った。
「やった! 行けた!」
向こう岸で、わああ! とクラスメイトの喜ぶ声が聞こえた。カケルはほっとした表情だ。
「ちっ。仕方ねぇな。全員渡りな」
ワニはしぶしぶそう言った。
全員が渡り終わり、僕はカケルに話しかけた。
「カケル、すごいね! 計算で答えを出したんだろ?」
「うん。でも僕は最初にワニを踏んでいく勇気はなかった。リョウのおかげだよ。ありがとう」
僕らは握手を交わした。
「あ、見て」
ハナが指さす方を見ると、葉っぱの影に、校舎が見えた。
「やったぁ。学校についたぞ」
「四年三組冒険隊、無事に到着!」
みんなで喜びあった。
「ジャングルを制覇したね!」
校舎に入って教室からグラウンドを見下ろすと、僕らが通ってきたジャングルが広がっていた。色んなことがあったな。
ポツポツと雨が降りはじめ、やがて大雨になった。
「スコールだ……」
◇
またジャングルで遊ぼう。そう思って大休憩に外に出てみると、もう元通りのグラウンドに戻っていた。まるで雨にジャングルが流されてしまったみたい。
肩を叩かれて振り返るとハナが立っていた。
「あのね。実は昨日、植物がよく育つヒミツの薬をグラウンドに落としちゃったんだ」
ハナはよくビーカーやフラスコをふって何かの研究をしている。そんな薬を作っていたなんて。
「じゃあそのせいでグラウンドはジャングルになったの?」
「たぶん。ごめん」
「大変だったけど楽しかったから、いいか」
「サンキュー。これ、リーダーにお礼だよ」
渡されたのは、オレンジ色の花だった。
「あ、ジャングルの花!」
僕はその花を植物図鑑に挟んで押し花にした。みんなでグラウンドジャングルを冒険したって、大人になっても思い出せるように。
いつか本物のジャングル、みんなで冒険に行きたいな。僕らならきっと大丈夫!
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