たまにはズバッと言ってくれ
友人の鼻毛が出ていた。あなたはどうする?
これは、かつてコロコロコミック(小学館)に連載していたギャグマンガ「ペンギンの問題」のある話だ。ペンギン小学生の木下ベッカムは、隣を歩く友人・山田なおとの鼻から毛が出ているのを発見。なおとに教えるべきか否かに、ベッカムが悩むというあらすじである。
この話が問うているのは「指摘されると恥ずかしいことを伝えられるか」だ。私もそんな経験をした。指摘される側として。
大学3年の秋は、私史上最高に足の臭いシーズンだった。ラグビー部だった高校時代のそれを思い出せない程に、圧倒的な強さで記憶に刻まれている。しかし運動をしていなかったのに、どうしてそんなににおったのだろう?
原因は、足の蒸れやすい私が2年ほど履いたスニーカーだった。靴の外側には汚れが、内側にはにおいが蓄積していた。「名探偵コナン」で犯人が相手を気絶させるために使う、クロロホルムを染み込ませたハンカチの代りに、私のスニーカーを推薦したいほどである。
鼻毛が出ていることに気づかない「ペンギンの問題」のなおと君に比べ、私は足の臭いを自覚していた。新しい靴を買えば解決したのに、ただ面倒くさくて後回しにしていた。29 cmというビックサイズでかつおしゃれなスニーカーを買うには、アウトレットに行かねばならない(私はネットより実店舗派だ)。
「脱いだら強烈に臭うけど、履いてる分には漏れないから大丈夫っしょ」「最悪、中じきの代わりに備長炭ドライペット入れて履けばよくね?」なんて考えていた。
悪夢は突如訪れる。
11月、4年進級時に行われる研究室配属に向け、初めての見学会が開かれた。友人のHを含め, 10人弱が参加予定だった。
放課後、いつものスニーカーで研究室に向かった。軽くノックしてドアを開けると、パイプイスが雑然と並べられていて、既に半分が埋まっていた。1人の先輩が「いらっしゃい」と声をかけてくれる。「そこにあるスリッパ使ってー」
思わぬ重罪を言い渡された被告人のように、私はドアを背に立ち尽くした。気が激しく動転した。
なんで見学会の告知で「スリッパ履き替え有」って教えてくれなかったんだ!今このスニーカーを脱いだらどうなると思っている!?一日中履いていたんだから、足に臭いが120%染みついているんだぞ!しかも靴と足が分離すると、臭気源が二つになってしまう!エアコンとヒーターで賢く部屋を暖めるように、効率的に臭いが充満するだろう!
このままでは「かわかみは足がくさい」と思われることは確実だ。だが先輩と挨拶を交わした以上、引き返す訳にはいかない。私は静かに靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて席についた。10秒とたたずに、嗅ぎ慣れた臭いが足下からふわりとこみ上げてくる。
しかし、まだ希望は残っていた。真っ直ぐに前を見つめ、背筋を伸ばして座っていれば、私が疑われる可能性は下がるはずだ。それに今は、同期の一人が先輩と話している。みんなその会話に注目していて、臭いで顔をゆがめる様子は見られない。なんとかやり過ごせるかもしれない。
集合時間ぎりぎりに、友人Hが入ってきた。彼は私の隣に腰掛けた。数回鼻をすすった後で、驚いたように言った。
「お前足くさ!!」
ゲームセットォォォ!!!
頭の中に、甲子園球場のサイレンが鳴り響いた。恥ずかしくて笑いが止まらない私を気遣ったのか、Hは小声で続ける。
「自分のコートで足覆えよ!」
私は言われた通りした。もしこれが夏なら、「ズボン下ろして足覆えよ!」と助言されただろうか。
見学会の帰り道、私はHとわーわー言い合い、Hの方から「靴を買い換えるまで、Hの家に上がる時は、ビニール袋を足に装着すること」という規制が定められた。
――
Hの口から「くさ!」が飛び出た時、彼は私が傷付くかどうかは考え無かっただろう。でも彼は、「くさ!」と言った自分が嫌われるかどうかも気にしなかったはずだ。思ったことをハッキリ言える。そんな素敵な友人に恵まれた。
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