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《馬鹿話 714》 モノクローム

雪が街中の色を消して、モノクロームの世界を作り始める頃、健一はいつも思っていた。

美和子と待ち合わせたイタリアンレストランの中は、美味しそうなピザの焼ける匂いと、エーゲ海を意識した陽気な音楽で溢れていた。

「ここのレストラン、海鮮がいいの」と、本を読みながら待っていた健一に、遅れてやって来た美和子が声を掛けた。

「何にする?」と明るい声で美和子が言った。

「俺は、何でもいいから美和子が選んでくれ」と健一は言った。

健一は読みかけていた本をページの端を折って閉じると、「世の中から突然色が無くなったらどうする」と、いきなり話しを始めた。

「例えば、太陽のフレアか何かの影響で、電磁波の波長が変わり、今まで見えていた可視光線の波長領域が見えなくなったとする」

と一人で喋ると、テーブルに置かれたグラスの水を口に含んだ。

「今でも鳥や昆虫は、紫外線の領域まで見えているんだ」

「だから、突然目の前がモノクロームの世界になっても、不思議ではないよな」と健一は自分に言い聞かせるように言った。

何のことか分からない様子の美和子を見て、「色が無くても何とかなるけどな」と付け加えた。

ウェイターが美和子の水とメニューを持って、二人のテーブルにやって来ると、美和子はメニューを指差して、料理を注文した。

「モノクロームの世界って」と美和子は、健一の話を聴いているような素振りをしたが、本当は面白くなさそうなので、途中で考えるのを止めていた。

「映画やテレビは、元々白黒で見ていた訳だし、そうは困らないな」と健一は呟いた。

「ファッションだって、モノトーン物と思えば、それなりに問題はないか」と着ている自分の黒いジャケットと黒いズボンを見ながら美和子に言った。

美和子は黙って頷いてみた。

「一番困るのは何だろう?」と健一は、自分の世界から抜け出せずに美和子に問い掛けた。

美和子は、さっきからのどうでもいい健一の話をうんざりしながら聴いていたが、「あれか?」と突然、健一が言った言葉に思わず「何?」と反応した。

「色が無くて、一番困るのは料理だよ」と健一が得意そうに言った。

「そうだろう、黒い料理に食欲が湧くかい?」と美和子に訊ねた。

「嫌な沈黙になりそうだ」と美和子が思ったとき、タイミングを計ったようにウェイターが注文した料理を運んできた。

ウェイターはテーブルに料理を並べると、「イカ墨のパスタとイカ墨のリゾットでございます」と答えた。

「わぁ、美味しそう」と思わず美和子が言った。

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