《馬鹿話 712》 重い男と軽い女
「僕はきみのことを守りたい」と俊夫は恭子の目を見て言った。
「きみが幸せになれば、僕も幸せだ」と俊夫は何処かで聴いたことのあるような言葉を続けた。
「私でいいの」と恭子は言ってみた。
二人はその夜、結ばれた。
「ああ、変なことになっちゃた」と恭子は会社へ向かう電車の中で溜息を洩らした。
「彼、本気になってないかな?」と恭子の脳裏に不安が過った。
スマホの画面に、朝から10本もラインが届いていることに、恭子は少し気が重たくなっていた。
「これでいい」と言って、俊夫はラインの送信を押した。
「こうしておけば、彼女も気持ちが繋がっていると思うだろう」と俊夫は満足そうに頷くと会社へ向かった。
二人は、偶然に友達の飲み会で出会って、その日のうちに打ち解けてしまった。
寂しい女に寂しい男が、偶然出会うと恋が始まる。
「恋ってこうして始まるのかも」と恭子は夕方のカフェで、俊夫から送られている溜まったラインを見ながらふと思った。
「今日も逢いたい」と適当な言葉で恭子はラインをしてみた。
既読が返ってこないスマホを見つめながら「早く、既読になって」と恭子は画面を見続けた。
俊夫は、さっきからスマホに届く恭子のラインは判っていたが、何となく直ぐに連絡するのは、軽い男に見られるようで、気が引けていた。
「もう少し待ってから連絡しよう」と思って俊夫はスマホをポケットにしまった。
「何で読んでくれないの」と恭子は苛立っていた。
「あぁ~もう、私のこと遊びだったのね」と恭子は怒りが込み上げて来た。
「私だって、元々その気なんか無かったんだから」と恭子は自分に言い聞かせた。
俊夫からの返信が来た。
「昨日のお店、覚えてる?」と書いてあった。
「どこだった?」と恭子はわざと送ってみた。
俊夫から今度は地図のついたラインが送られてきた。
「まぁ、今日も別に行くところもないし、つき合ってやるか」と恭子は思った。
俊夫と恭子はまた昨日来たホテルにいた。
俊夫は恭子を見ながら「僕は本気です」と言った。
恭子も笑顔で「嘘でも嬉しいー」と頷いた。
恭子はバスルームから出ると、丸々とした肉好きの良い身体を揺らしながら、俊夫に飛びついて来た。
俊夫は恭子の巨体を、両手を広げて受け取った。
そのとき、俊夫の腰に激痛が走った。
「ごめん、ちょっと待って」と言って俊夫は恭子を腕の中から降ろすと、「きみの重さじゃないんだ」と言ってバスルームに消えた。
俊夫はバスルームに置かれた鏡の中に映る自分のガリガリに痩せた貧相な身体を見て、「今年こそは、彼女を幸せにするために身体を鍛えなきゃ」と思った。
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