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《馬鹿話 710》 鷹の爪

初夢は富士山の夢を見ようと思って寝たが、これが間違いだった。

夢の中の中の富士山は突然の大噴火。人々は阿鼻叫喚の中、無我夢中で避難場所を探して蜘蛛の子を散らすように街中を逃げ惑う。霞がかった視界の向こうには、天空を覆いつくす白っぽい火山灰が綿雪のようにフワフワと舞い降り、いつの間にか逸れてしまった親達を求めて茫然と路上にたたずむ子供達。逃げ惑う子供達の頭上に音も無く降り注ぐ灰の塵。彼方此方で死人や怪我人が助けを求め、飼い主から見捨てられたペットは喉が裂けるまで泣き叫ぶ。鳴り止まないクラクションと何処かのスピーカーからは意味のない警報音。まるで地獄図のような夢だった。

「きっと、これは初夢ではない」

慌てて起きて、トイレに行くと、次は鷹の夢を見ることにした。

夢の中の鷹は、富士山の大噴火で倒れた人々の行方を見守るように何羽も空を舞っていた。鷹は誰よりも早く弱った人間を見つけて食らいつく準備は整っていた。何と言っても巣の中で待つ子供達はお腹を空かせているのだ。死人の肉はやがて悪臭を放つ。もう少しで美味しい肉にありつけると、嬉しそうに「カァッ カッカッカッ」と声を上げた。棒切れで死体に食らい付く鷹を、いくら払いのけてもハゲワシのように群がって来る。終いにはまだ息のある怪我人目掛けて襲って来る。空を見上げると数百羽の鷹がくるくると獲物を求めて飛んでいる。まるで世界の終末のような夢だった。

「これも初夢なんかじゃない」

慌てて起きて水を一杯飲むと、次は茄子の夢を見ることにした。

茄子畑に空を覆いつくすように舞っていた一羽の鷹が、群れを抜け出してやって来た。鷹は茄子畑に逃げ込んだ人間達をまだ生きているというのに襲って来た。じっとしていると鷹も人間を見つけられないのか、上空を旋回しているだけだが、少しでも動くと直ぐに襲って来る。気が付けば、自分がいつの間にか茄子畑の中に逃げ込んだ人間となっていた。しかも運の悪いことに、先程飲んだ水のせいで尿意を模様して来た。夢の中で一旦小便を堪えたが、もう我慢の限界。小便をしようと自分の茄子を取り出した。すると、上空から茄子を目掛けて鋭い爪の鷹が降りて来た。鷹はあっという間も無く、茄子を掴むと引き千切って飛び去った。

慌てて起きて茄子に手をやると、赤くて萎れた小さな鷹の爪になっていた。

「今日の初夢は諦めてとっとと寝てしまおう」


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