《馬鹿話 717》 成人式の贈り物
成人式の前の晩、私は叔母さんの家に行って、美恵子さんが十年前の成人式で着た着物をお借りした。
美恵子さんは、母方の従姉だったが頭も良くて私の憧れだった。
「いいのこれで」と美恵子さんは着物を渡してくれた。
「ありがとう、とってもきれい」と私は恵美子さんにお礼を言った。
恵美子さんから借りた着物を風呂敷に包んで、私は夜の道をお店に急いだ。
「ほら、今日は忙しんだから」と美容室の勝枝さんが私を見て言った。
「すみません、直ぐにお手伝いします」と私は勝枝さんに謝ると、借りて来た着物をロッカーにしまった。
勝枝さんは明日の成人式の着付けに向けて、準備に忙しかった。
「ほんとに猫の手も借りたい日に、何処に行っていたの」と先輩の順子さんが言った。
「ほら、お客さんの髪を乾かして」と言って順子さんは、私にドライヤーを渡した。
私は、明日の為に美容室で働いて、着物の着方や髪のセットを自分でできるよう習っていた。
まだ、二年しか経っていなかったが、ようやくこの頃大体のことが判って来たところだった。
勝枝さんが「そう言えば、みどりちゃんも明日成人式でるの」と私に訊いて来た。
「ええ、みどりも出るそうです」と私は勝枝さんに言った。
みどりは私の三つ違いの妹で、いま短大に通っていた。
「私は着物が着れなかったから、みどりには着て貰おうと思っています」と私は勝枝さんに言った。
「へー、妹さん思いね」と順子さんが言った。
翌日の朝、まだ陽が昇らない内から大勢の予約客で店は賑わっていた。
次々と手慣れた作業で、勝枝さんと順子さんは着付けや髪のセットをこなしていった。
私はその間を、勝枝さんと順子さんから言われたものを持って走り回った。
朝の七時を過ぎた頃、勝枝さんが私に「みどりちゃん、遅いね」と言った。
私もみどりが来るのが遅いと気になっていたが、仕事のじゃまになるので言い出せないでいた。
夕べ美恵子さんから借りた着物を見て、みどりが顔を曇らせたことが頭に浮かんだ。
「お姉ちゃん、私の成人式にはピンクが着たい」とみどりが子供の頃、言っていたのを思い出した。
確かに美恵子さんから借りた着物は、当時の流行なのか少し地味目な絵柄で、大人びたものだった。
「早くしないと、成人式に間に合わないわよ」と勝枝さんが私に言った。
「みどり、どうしたのかな」と私は時計を見た。
「私は成人式にみどりに着物を着てもらうために、美容師になろうと思ったのに」と思った。
みどりの同級生達が、次々と着付けを終えてお店を出て行った。
最後の予約客が終わる頃、みどりがお店に入って来た。
「どうしたの、早く」と私はみどりを急かせて椅子に座らせた。
勝枝さんと順子さんも出てきて、皆で手伝ってくれた。
「わあ、みどりちゃんは元々綺麗だから、何を着ても似合うわね」と勝枝さんが言ってくれた。
みどりは、鏡の前で段々と大人になっていった。
「ほら、着物も似合ってる」と順子さんも言ってくれた。
一通りみどりの着付けが終わると、勝枝さんが奥から小物の草履やショールを持って来てくれた。
「これで、今風になったでしょう」と勝枝さんが言った。
みどりが鏡の中で笑っている姿が滲んで見えた。
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