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《馬鹿話 705》 除夜の鐘

大層高名なお坊さんがいるお寺に、これも古くからお寺に伝わる大層高名な鐘があった。

お坊さんは大層高名な話をした。

「この寺は、国営放送の『ゆく年くる年』で紹介されたこともある大層高名なお寺である」とお坊さんは言った。

「今日は除日である。除日とは、一年の最後の日と言う意味で、つまり今日鳴らす鐘が除夜の鐘と言われる」

「人間の煩悩は百八つあることを皆さんはご存じであろう」

「故に、百七つは今年中に鐘を撞いて振るい落とし、最後のひと鐘は新しい年が明けてから、最初の煩悩を払うために鳴らすことが正しい鐘の撞き方である」

「新年最初の鐘は、私が見て参列者の中で、一番煩悩の強い人に打ち払って貰うことにする」

「では、皆さん心して除夜の鐘の音を聴いて行かれよ」とお坊さんは言った。

順番に参列者が鐘撞堂に並ぶと、お坊さんはお経を唱え始め、参列者が順番に鐘を撞いて行った。

お坊さんは、数珠で鐘を撞いた回数を数えながら時計を見ると、12時59分を迎えているのに、まだ百六回しか鳴っていないことに焦った。

お坊さんは慌てて、早口でお経を唱え始めると、手で今年最後の鐘を早く撞くよう参列者に促したが、次に鐘を撞く参列者は相当なお年寄りで、鐘を曳くことも出来ないような素振りだった。

そこで、お坊さんは、お年寄りの後ろで付き添ってきた若い女性に、代わりに先に鐘を打つよう促し、数珠を持つ手で、お年寄りと順番を代わるよう手のひらをクルクルと回して見せた。

女性は何のことか判らず、その場でクルクルと回り始めた。

今年も残すところあと数秒に迫ったとき、お年寄りが持てる力を振り絞って、小さく「ゴン」と今年最後の煩悩を打ち払ったが、クルクルと回っていた女性は、目が回ってその場に倒れ込んでしまった。

慌てたお坊さんが、倒れた若い女性を起こそうとすると、女性の豊満な胸がお坊さんの顔に当たった。

大層高名なお坊さんは、慌てて新年最初の鐘を自分で鳴らした。

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