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《馬鹿話 681》 消えたフライパン ⑤

翌日の午後。

「やっぱりどう考えてもあのお客達は怪しい」と孫主任は呟きながら、事務所の自分の机の上に広げたクリアファイルを眺めていた。

「お疲れさん」と言いながら、コーヒーの入った紙コップ二つを両手に持った家野が孫主任の座る席に近付いた。

そのままコップの一つを孫主任に手渡すと「どう?何か判った」と声を掛けた。

「前に私が見つけた店内の怪しい客の写真があったでしょう。あれ覚えています?」と言って孫主任は家野に今まで見ていたファイルを預けた。

家野はファイルをパラパラと捲って「ああ、あの変な格好で来店した人達のことね」と言いながら、孫主任が店内の防犯カメラからキャプチャーした画像を笑いながら眺めた。

「前にも見せて貰ったが、それにしても怪しい格好だ。この人なんか、西部劇のアラモ砦に出て来そうなビーバーの尻尾が付いている帽子を被ってる。今時どこでこんな帽子を手に入れたのかな。本物の毛皮なら取引禁止で完全にアウトでしょう」

そう言いながら、家野はファイルを捲った。

「この二枚目の写真の女の人。マンドリンを赤ん坊みたいに抱えているのも笑えるなあ」

家野は目線を次のページに移すと「今度はバンジョーを背中に子供みたいに背負っている男か?」と言って孫主任がファイルした写真のページをパラパラと捲った。

そしてまた手を止めてファイルに顔を近づけると「この人なんか、何処に居たって怪しい人だよね。胸と背中に何かぶら下げて、頭に変な鉄兜みたいなものを被っている。ひっとすると本物の亀仙人かな」と孫主任の顔を見ながら笑った。

すると家野の様子を見ていた孫主任が少し真顔になって「もしもですが、この人達全員がフライパン万引犯の仲間だったらどうでしょうね」と言った。

「まさか、たった数千円のフライパンを万引するために、そんな大勢が関わるとは思えないな」と家野は即座に反応した。

「そうでしょうか?」と孫主任は家野からファイルを取り上げ、コーヒーの入った紙コップを口に運ぶと「では、説明しましょう」と家野を見た。

「まず最初に、今月に入って盗まれたフライパンは10個でしたね」と孫主任は家野に確認した。

家野が頷くと孫主任は「実は私が店内の防犯カメラから発見した怪しげな人達も10人居ました。ですが怪しげなお客が10人いたからといって、それとフライパンの万引が結びつくことは無いのですが、ところがその人達は決まってフライパンが盗まれた日に来店しているのです」

「どうです。何となく怪しいでしょう?」と孫主任は言った。

「いや、その人達はみんな同じ人なのかい?」と家野は尋ねた。

「いいえ、それがモニターの映像をよく見ても、別人のようで、同じ人物のような。良くわからないのです」と孫主任は首を傾げた。

「どう言うことだい?」と家野は言った。

「ほら、この人物をよく見てくだい。男性に見えますか、女性に見えますか?」そういうと孫主任はテニスラケットを抱えた背の高い女性の写真を家野に見せた。

「女性に見えるけど?」と家野は言い掛けて「おや?」と首を傾けた。

「そうでしょう? 何か変でしょう?」と孫主任は写真を指差し家野に同意を求めた。

家野は「うーむ」と唸ってから「確かにきみの言う通り何だか変だ」と相鎚を返した。
 
 
ー つづく ー

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