《馬鹿話 689》 あいつ
意外な人物が意外とあいつだったりするから、注意をしなくちゃね。
「一息ついたらどうだい」と突然、彼が言ったんだ。
もちろん、わたしは不審に思ったよ。見ず知らずの人間に突然そんなことを言いだす奴なんて、滅多にいないからね。
それから彼はわたしを見ながら「もう君は働きすぎだよ」と言うんだ。変な奴だろう、でも何ていうのかなぁ、人好きのする顔と声とでも言うのか、なんとなく引き込まれる奴なんだ。
それでわたしは、彼の言葉に妙に納得してしまってさ。
「もうそろそろ僕のところにおいで」だって。
君ならどうする。行くかい。
「なぁに遠慮するなよ」って彼は馴れ馴れしく言うんだ。
誘惑ってこんな感じがするものかい。普通の言葉なんだけど、何か違うんだよね。上手く説明できないけどさ。
人間って不思議だろう。心をさ、ポンと掴まれると。ずっと、その声を聴いてみたくなるもんだ。
意味の無い言葉ってあるだろう。言葉の意味なんてどうでもよくてさ。
「どうする?」って彼は訊くんだ。
どうしよう。ついて行ってみようか。と思ちゃうよね。
今日はクリスマスだよ。
意外だったよね。あいつがさ、あいつだったんだ。
君なら一緒に行くかい。
あいつだよ。
「でも今日なら行っちゃうか」
明日のことは明日にならないとわからないからね。
でもさぁ、考えてみれば、あいつはあいつだったんだ。
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