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《馬鹿話 711》 犬になりたい

年を追うごとに、徐々に人が減って行く商店街を盛り上げようと、新年の福袋が売り出されることになった。

福袋には何を入れようかと、商店街の人々は頭を悩ましたが、それぞれの店舗から、特別な品を選んで福袋を作ることになった。

洋服店は洋服を、魚屋は魚を、八百屋は野菜を、とそれぞれのお店が持ち寄った福袋には商店街に入っている全ての店舗が参加した。

地域の高齢化が進む中、美容院の葵さんだけは、この商店街の中で一番若く、しかも誰もが振り返るくらいの美人だった。

福袋を販売する前日、つまり31日の夜に、商店街の会長を務める洋服屋の吉田さんが皆の元に、福袋を集めて回った。

「私の店で作れる福袋なんてないわ」と葵は吉田さんに相談してみることにした。

「福袋の売り出し値段より少し高いものを入れておけば何でもいいよ」と吉田さんは言った。

葵は女性用のウイッグを入れることに決めた。

皆が持ち寄ってくる福袋を机の上に並べていた吉田さんが「ゲンさん、あんたのとこの袋は匂うから隅に持っていてくれないか」と言った。

ゲンさんは「うちは魚屋だけど、昆布やワカメを中心に出来るだけ匂いの出ないものを入れたよ」と答えた。

「じゃあ、この袋は肉屋のサキさんか?」と言って、吉田さんは鼻を摘まんだ。

「どれどれ」とサキさんが袋に鼻を使づけて、クンクンと音を立てて嗅いだ。

「くさやかな?」

「それともブルーチーズ?」とサキさんは首を傾げ、「うちは、ハムとソーセージのセット」と吉田さんに告げた。

「では、この袋は誰が出したの?」と吉田さんは並べられた袋の一つを摘まみ上げて言ったが、誰からも返事は返ってこなかった。

「この袋は誰も買わないだろうな?」と吉田さんは言って、皆の袋の中に混ぜた。

商店街の皆で集まった袋の確認をしていると、集会所のドアを勢いよく開け、葵さんが慌てて入って来た。

「すみません。袋の中身を間違えてしまいました」と葵さんは言った。

「えっ、もう皆の袋と混ぜてしまいましたよ」と吉田さんは言った。

「何が入っていたのです」と吉田さんが訊ねると、葵は顔を赤くして、「年末に洗濯しようと思っていた下着が」と小さな声で恥ずかしそうに言った。

集会所に集まっていた商店街の親父達は、明日の朝一番でその袋を手に入れるため、犬のように鼻をクンクンと鳴らした。

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