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《馬鹿話 707》 赤いマフラー

クリスマスが近づくと、私はあの日のことを思い出す。

その年のクリスマス。私は友達の水恵ちゃんの家に、生まれて初めてパーティーと名の付くものに呼ばれた。

私が水恵ちゃんと友達になったのは、六年生で私がこの小学校に転校して来たその日からだった。

私が前に通っていた田舎の小学校は、生徒の人数も少なくてみんなが親戚のようなものだったので、服装も方言も気にならなかったが、この転校した小学校では私の使う言葉がみんなが使う言葉と違うようで、なかなか上手く喋れなかった。

そんな時、昼休みの教室で真っ先に話し掛けてくれたのが水恵ちゃんだった。

水恵ちゃんはクラスの人気者で、明るくて誰とでも気軽に喋れることが、私には少し羨ましかったが、そんな水恵ちゃんが私の最初の友達になってくれたことが私の中では誇らしかった。

それは新しい学校のニ学期も終わりに近づき、冬休みに入る前のある日の昼休みのことだった。

水恵ちゃんが夜遅くまで掛かってひとりで作ったというクリスマスパーティーの招待状を持って、教室の私の座る席までやって来た。

「こんどの日曜日に、お家でクリスマスパーティーを行いますので、ぜひ来てくださいね」

水恵ちゃんはそう言うと、折り紙と画用紙で出来た二つ折りの招待状を私の前に差し出した。

私は「ありがとう」と言って招待状を受け取ったが、直ぐに胸の奥底に隠しておいた不安の種が芽生えて来た。

「水恵ちゃん、パーティーにはプレゼント持って行くの?」と私は小さな声で尋ねてみた。

水恵ちゃんは私の顔を見て、「プレゼントは何でもいいよ。みんなのプレゼントを、くじ引きで交換しようと思っているの」と答えた。

「みんな、どんなものを持って行くのかなぁ」と私は何気なさを装って水恵ちゃんに訊いてみた。

「五年生のときは、絵本やお人形が多かったかなぁ」と水恵ちゃんは思い出すように言った。

「そうか、でも六年生だからみんなはもっと違うもの持って行くよね」と私は言った。

「プレゼントは遊びだから、何だっていいのよ」と水恵ちゃんは笑って言った。

それから水恵ちゃんは、「お願いね」と言ってから自分の席に着いた。

学校も終わり家に帰る途中、私は自分でも気付かない内に、自然と涙が溢れていることに気付いた。

「どうしよう」と私は独り言のように、何度も呟きながらお家に向かって歩いていた。

私の家は、病気がちの父親と弟の三人暮らしで、とても友達のためにプレゼントを買えるような余裕はなかったからだ。

夕食の時、私が考え事をしているのが気になったのか、父が尋ねて来た。

「晴美、学校で何かあったのか」と父は言った。

「ううん、何もない」と私は答えた。

「あっ、そうだ、今度の日曜日、お父さん忙しくない」と私は父に尋ねてみた。

「べつに忙しくないよ」と父は言った。

「お父さんが忙しかったらいいのに」と私は呟いた。

父は不思議そうな顔をして、私の顔をじっと見つめた。父の視線に促されるように私は正直に自分の気持を父に伝えた。

「お父さんが忙しかったら、水恵ちゃんのクリスマスパーティーを断られるから」と私は言った。

「どうして、大切な友達じゃないか」と父が言った。

「でも、プレゼントを用意しなくちゃいけないの」と私は伝えた。

「そんなことで悩んでいたのか」と父は微笑むと、財布から千円札を取り出して私に黙って渡した。

私も黙って頷いた。

土曜日、私はクリスマスのプレゼントを買うため隣町に向かった。

隣町には、大型のスーパーや雑貨店があった。

三か所のお店を巡って、やっと気に入った真っ赤な毛糸で編んだマフラーを買った。マフラーを持って家に帰ると、一番お気に入りの包装用紙にマフラーを包みかえてリボンを付けた。

そして日曜日の夕方、私は出来る限りのおしゃれをして、水恵ちゃんの家へ向かった。

水恵ちゃんの家は、プレゼントを買いに行った隣町の住宅街の中にあった。

玄関のチャイムを鳴らすと、直ぐに水恵ちゃんが出迎えてくれた。

大きなリビングには、顔見知りの同級生の女の子二人と、初めて見る男の子が二人、既に座っていた。

私が部屋に入るのを待って、水恵ちゃんがみんなを紹介してくれた。

男の子の二人は、水恵ちゃんの小さい時からの友達で、別の町にある私立の学校に通っているという話だった。

水恵ちゃんが私に折り紙で作った番号札を渡して、「プレゼントに付けてここに持って来て」と言った。

私は水恵ちゃんに言われたまま、昨日の晩に遅くまで掛かって、出来るだけきれいな紙とリボンで包んできたプレゼントに番号札を付けると、水恵ちゃんの元に持って行った。

クリスマスツリーの下に、六つのプレゼントが置かれ、クリスマスパーティーは始まった。

水恵ちゃんのお母さんが用意してくれた、私にとって初めて見る御馳走が並び、みんなで学校のことや、友達のことを話してあっと言う間に楽しい時間が過ぎって行った。

大きなクリスマスケーキが登場すると、水恵ちゃんがみんなに声を掛けた。

「さあ、お待ちかねのプレゼント交換の時間ですよ」と大きな声で言った。

水恵ちゃんは用意して来たくじ引きの箱を揺すって、「この中に番号札が入っています、自分の持ってきたプレゼントと同じ番号を引いた人は、もう一度やり直してください」と言って、箱をみんなの前に差し出した。

私は四番の札を引いて、クリスマスツリーの下に置いてあるプレゼントを受け取った。

「まだ、プレゼントを開けてはだめよ」と水恵ちゃんがみんなに言った。

みんなにプレゼントが行き渡ると、「さあ、開けて」と水恵ちゃんが言った。

私が開けたプレゼントは、高級そうなブランドの手袋だった。

「私のマフラーはきっと笑われる」そう思うと、いままで楽しく遊んできた頭の中が真っ白になった。

みんながそれぞれのプレゼントを取り出して、やりとりしている声が遠くで聴こえるような気がした。

「この赤いマフラーは、僕には似合わないなぁ」と言う男の子の声がした。

ずっと、ここに来てから気になっていた男の子の声だった。

「じゃあ、これと替えて」と水恵ちゃんの声がした。

水恵ちゃんが交換に差し出したのは、カシミアの青いマフラーだった。

男の子は「僕は青が好きだから、交換してくれる」と言って赤いマフラーを水恵ちゃんに渡した。

水恵ちゃんは私の方を見ると軽く頷いた。

みんなが帰るとき、残ったクリスマスケーキを一切れずつ水恵ちゃんのお母さんが切り分けてくれて、綺麗な小さな箱に入れて渡してくれた。

暗くなって来たこともあり、みんなは家からの迎えの車を待っていたが、私はみんなにお別れを言ってからケーキの小箱を持ってバス停に向かった。

最寄りのバス停で降りると、父が待っていた。

父は私を自転車の荷台に乗せると、黙って漕ぎ出した。

家に着くと、弟が待っていたので、貰ってきたケーキを渡した。

「すげー、ケーキだ」と言って弟は喜んで蓋を開けたが、自転車の荷台で揺れたせいで、ケーキは少し潰れていた。

「本当はもっときれいだったのよ」と私が言うと、父は「すまん、もっと気を付けて漕げばよかった」と弟と私に向かって謝った。

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