見出し画像

【前回の続編】では結局、IRの目的/KPIとしては何が適切なのか?

IRの目的やKPIにはいろんな意見がある

先日、IRの目的を「βを下げること」という意見に対する下記の考察記事を書いてみたところ、さまざまな反響をいただきました。

「気づきがあった」「勉強になった」というポジティブなフィードバックもありましたが、「そもそもIRの目的がβを下げることというのがおかしい」といった意見も複数いただきました。

賛否あるのはそれだけ議論する価値のあるテーマということです。もう一歩踏み込んで、「IRの目的」について整理してみたいと思います。

「IRには複数の目的があり条件により優先順位が変わる」というのが議論が定まらない要因かと思いますが、整理することで「自社の現状におけるIRの目的」としてとらえることで、ぶれることなくよりよいIRの取り組みにつなげられるはずです。

そもそものIRの目的についての整理

IRの目的を整理すると、大きく5つの目的があると考えられます。

IRの5つの目的

⓪上場企業義務を果たす

こちらはあまり議論になることは多くありませんが、最も基礎的なIRの目的の1つです。上場企業である以上、情報開示と投資家への説明責任は欠かすことができないIRの機能。
企業価値が小さすぎたり、成長戦略を描けておらず経営としてのIRモチベーションが低い場合、IR担当に求められる機能が⓪のみとなってしまっているケースも見受けられます。

①企業価値を高める
/参考KPI: 株価、時価総額、PER、PBR

企業価値を高めることは、IRにとって最も重要な目的の1つです。
ただ、企業価値は経営全体が関わってくるもの。「企業価値全体」をIRの目的と設定してしまうのは対象が広くなりすぎる(IRの寄与度が低い)ため、どこまでIRの責任範囲として見るべきか、というところで意見が分かれます。

IR目線では、企業価値はPER×ROE として分解して考えることがわかりやすそうです。

企業価値のロジックツリーとIRのかかわり


ROEについては、事業実績がそのまま反映されるため、IRが関われることはあまり大きくありませんが、PERは、「株主期待」と「株主動向」によって形成されます。
「株主期待」については事業計画内容が色濃く反映されるものの、「予想PER」に今期予測数値が織り込まれています。
予想PERには、「業績予想の達成見込み」と「業績予想期間より先の未来の成長率」の投資家期待値が反映されている、と捉えると、IRが果たすべき責任は大きいといえるのではないでしょうか。

また、業績だけでなく、株主母集団形成もPERに対する影響が大きいです。
投資家向け説明会やカバレッジ、面談獲得などといった「投資に参加する準備ができている投資家」がいなければ、企業価値は高まりません。この領域にもIRが果たしている責任は大きいと言えます。

一方、「IR部門」にそこまでの機能を求めず、面談や開示といった実務を回すことを期待しているような組織の場合は、企業価値系の目線をIRチームが持っていないこともあるようです。
が、こうした状況が「PBR1倍割れ」を引き起こしている一因となっているのであれば、IRチームが企業価値系の指標に責任を持つことも選択肢として有効なのではないでしょうか。コストセンターに見られることも多いIRが、企業価値への貢献度を示していくことは、業界として必要だと思います。

②資本コストを下げる
/参考KPI:β、(PER?)

企業価値や株価は重要である一方、株価は際限なく上がるわけではありません。一時的に上がった株価は下落し、高いボラティリティは投資家からは好まれず、資本コストの上昇につながります。
「高い株価」を志向してしまうとボラティリティの上昇につながるのであれば、そこを意識するのは効果的ではない。企業価値を「PER×ROE」で考えるのではなく、CAPMの考え方で因数分解して考え、このパラメータの中でIRの関わる「市場を不要に驚かせることによるボラティリティを下げる(情報の非対称性をなるべく下げる)」ことを通じて企業価値に貢献するのだ、というのがこのタイプの考え方です。

「β」で見るのがよいのか、という議論はありますが、IRの本質の1つが「投資家とのリレーションシップ」であることを踏まえると、円滑なIRコミュニケーションがβというパラメータを通じて企業価値に貢献する、という考え方には一理はあります。

一方、そもそもCAPMの考え方は、理論経済学的であり、以下のような前提条件があります。

・全ての投資家は、市場に対して同一の見通しを持っていて、平均分散法により自身の投資ポートフォリオを最適化している
・全ての投資家は、合理的でリスク回避的である
・全ての投資家は、無リスク利子率で無制限に借り入れができる(レバレッジを無制限に利用できる)
・全ての資産は、空売りが可能
・全ての資産は、どんなに小さな単位でも取引可能
・市場は効率的であり、取引コストや税金は発生しない

実態とはかけ離れたこのファイナンス理論を元に、「β」というパラメータを通じてIRが企業価値に効いてくるのか、というところは議論がありそうです。

一方、株主資本コストの算出については、実務的にはPERの逆数で便宜的に算出する、ということも行われます。

その意味だと、IRのKPIとしては、長期移動平均PER、のような数値を見ておくと、「企業価値/資本コスト」という目線で見ることはできそうです。

このあたりは、以下の専門家の方々のnote が勉強になりました。

③流動性を高める
/参考KPI:平均出来高、平均売買代金、売買回転率

企業価値が高いこと自体が企業の財務諸表に直接ヒットしてくるのは「資本性資金調達」の瞬間だけであり、企業価値系の指標をIRの目的とすることにどこかモヤっとするものを感じる方もいらっしゃいます。

その意味で、誰もが合意できるIRの目的として、「流動性を高める」ことが挙げられます。

流動性を高めることの意義としては以下のようなものが挙げられます。

  1. 大口投資家に買ってもらうための前提条件である。

  2. 自社での資本絡みのコーポレートアクション(自社株買い/新株発行など)などを行う上でも必須。

  3. ボラティリティが上がりにくく、株価が安定しやすい

  4. より多くの投資家に「買いたい」と思われているという状態を示す、人気度のバロメータとしても有効

一方、既に十分な出来高のある企業からすると、それ以上流動性を高めることの意義はあまり大きくありません。
また、出来高はネガティブなニュースがあった場合なども上がる指標のため、「平均出来高水準の高かった時期」が必ずしも良いIRができていたということを示すわけではない点も要注意です。

とはいえ、「流動性が低い」状態であれば、IRとして積極的な投資家獲得を行い流動性を高めるべきであることは確かなので、そのようなシチュエーションでは有効な目的設定だと言えそうです。

④投資家との信頼関係構築
/参考KPI: カバレッジ数、面談件数、機関投資家数

やや定性的な項目となりますが、IRの目的として「投資家との信頼関係構築」という捉え方をするケースもあります。
投資家に対して透明性のあるコミュニケーションを行い、信頼できる企業だと認識してもらうことは①②③を実現する上で前提となる要素です。

また、「株主」は企業の最高意思決定機関である株主総会の議決権を持つステークホルダーとして、非常に重要です。
安定的な経営基盤を維持する上でも、株主との良好な関係は経営にとって非常に重要であり、その一端をIRが担っているという見方もできます。

特に、株価や業績のボラティリティの大きくない安定的な歴史のある企業にとってみると、IRの機能としても「安定性の維持」が重視されている傾向にあるのかもしれません。

4つの目的は絡まり合っている

また、ここまで上げた①~④のIRの目的は独立しておらず、互いに鶏と卵のような関係となっているところも、議論が起こる原因となっていそうです。

どれが正解でどれが間違い、ということではなく、前提条件に応じてどれが有効かは変わってきます。

再掲:IRの5つの目的

大事なのは戦略に基づいた目的設計


一口で上場企業と言っても、規模や成長フェーズ、経営状況は様々です。
IRに求められるテーマに状況によって様々。

経営戦略を踏まえると、どのようなIR活動を行うことが企業価値向上に対してもっとも寄与できるのかは変わってきます。
IRは、「経営の取り組み」と「投資家意向」の掛け合わせた領域については社内で最も解像度高く理解ができている立場のはず。
経営から言われたことを実行するだけにとどまらず、経営戦略を実践する上で「IRとしてどのような状態を目指すのか」を戦略的に描き、取り組みに落とし込んでいくことが、企業価値向上に貢献するIRには求められていくことになるのではないでしょうか。

(最後に余談)敢えて1つ選ぶとすると・・

以上、色々考えると上記のような結論になりましたが、「どれも間違いではなく、状況によって変わる」というのも面白みに欠けるかな、ということで、、
あえて1つ選ぶとすると、「長期移動平均PER」が一番いいんですかね??

・企業価値に直結する(コスト部門からの脱却)
・資本コストの考えもカバーできる
・算出も簡単

競合平均PERに対する比率、とかで見るともっと良い指標としてIRを評価できるかもしれませんね。

Figurout 中村


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?