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わすれもの。

和装をして遠くから歩いてくるわたしに気付いて大きく目を見開き、
驚きが隠せない表情をした彼は少し若い頃の姿だった。

すれ違いざま歩みを止め、少しだけ膝を落とし目を伏せながらの会釈。

「帰ってきて良かった。逢いたい人に逢えたから」

ふわり耳に届く言葉。
わたしだと気付いてくれるかな…そんな心配は無用のようだった。

ご両親と立ち話する彼を少し離れた場所で見つめていたわたし。
ゆっくり目の前に現れた彼は、最後に逢った頃の大人の姿。

”カギと着替えを入れた風呂敷を着替えた場所に忘れちゃった…”

挨拶もそこそこに、そうつぶやくと少し驚いてすぐに崩れる表情。

「えりさんでもそういうことあるんですね」

嬉しそうに笑って思い切りハグ。
”あとで一緒に取りに行こうね”とあたたかな手を離さないままに。

大きな身体を少し折り曲げ、顔を覗き込む彼のいつものクセも変わらない。
…その姿を優しい笑顔で見つめるご両親。

「えりさんの和装を見てみたいなあ」

いつかそうつぶやいていた、この世に忘れものだらけの彼の夢。

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