シメハ・リヅル

無心に、自由に、自分のために書く。 (令和4年4月4日スタート)

シメハ・リヅル

無心に、自由に、自分のために書く。 (令和4年4月4日スタート)

最近の記事

心の中に住んでいる

心の中に誰かが住んでいる それは時期によって違う 自分の場合は小さい頃は家族や友達 中学・高校くらいから顧問や部活の仲間 大学生は同級生や先輩達 社会人からは同僚や上司、取引先 結婚してからは妻も いつも、何かを決める時、行動する時、 心に住んでいる誰かが顔を出して色々声をかけてくれる その声を聞いて、色々決めている 時期によっては入れ替わったりもする たまに「好きな人、一緒にいて楽しかったりワクワクする人と長く入れるようにした方がいい」という人がいるけ

    • 上司に報告する時、ロジックばかりになってしまう。 そしてそれに気づき、上司から情熱の大切さを説かれた。 自分が自信を持って進められるかどうか。

      • そうか 人は氷の柱なのか

        • 人に会うことへの興味を失うにつれ、次第に面白みのない人間になってしまうという恐れに駆られた。

        心の中に住んでいる

        • 上司に報告する時、ロジックばかりになってしまう。 そしてそれに気づき、上司から情熱の大切さを説かれた。 自分が自信を持って進められるかどうか。

        • そうか 人は氷の柱なのか

        • 人に会うことへの興味を失うにつれ、次第に面白みのない人間になってしまうという恐れに駆られた。

          面倒なことに真正面から向き合って、気持ちを落ち着けて、それをやる。 それを積み重ねていくと自信になる。 そして落ち着く。 今日も一日。深呼吸。

          面倒なことに真正面から向き合って、気持ちを落ち着けて、それをやる。 それを積み重ねていくと自信になる。 そして落ち着く。 今日も一日。深呼吸。

          発表イップス

          今日は会社で研修があった。 発表の時、自分の思っていることをしっかりと話せたか振り返るが、全く持って自信がない。 日常会話や飲み会でのおしゃべりなどでは楽しく友人たちと話せていたので、そういう場では苦手意識は全くなかったのだが、ことビジネスの場だとうまくいった!と思った試しが一度もない。 ロジカルシンキングが身についていないというかというと、そういう部分もあるのだが、どちらかというとそれを勉強すればするほど話せなくなった。 型を意識するあまり、自分から発言する際や、相

          「豊かさ」

          豊かであるとは何か。 ある人からは「その空間が持つ”情報の量”」と教えてもらった。 例えば森に行った時、木々の葉が風に揺られて擦れ合う音だったり、そこに棲んでいる鳥たちのさえずりだったり、小さな動物がロッジに置いてある餌を食べに来たり、それらを五感で感じられるような場所は「豊か」と言える。 豊かにも定義はあるが、お金がたくさん手元にある状態を豊か、ということだけではないらしい。 都市空間は、豊かだろうか。 お金を稼いだり、効率よく住むにはとても便利だ。 だけど枯れ

          自分のご機嫌の取り方

          いつもご機嫌でいたい。 でもとても難しい。 上司から褒められたいとか、他の人よりも仕事ができると思われたいとか、そんな気持ちになってしまう。 自分は人生でどんなことをやりたいのか。 それをしっかりと考えないとダメだ。 だからそんなことでくよくよするんだ。 自分のしたいこと、自分で考えたいこと、その芯を持って、美学を持って、生きよう。働こう。命を使おう。 無駄にしないために。

          自分のご機嫌の取り方

          相手に求めることを自分でやることは大変。

          人がやっているのを見て「なんでもっとうまくできないんだ」と思うことがよくある。 ひどい時は顔に出てしまっている。 改めて自分はひどい人間だ、と思う。 自分が持つ人に対する期待に、その人が到達してないと感じた時、人は簡単に批判をする。 スポーツなどのヤジがすぐ思い浮かぶだろう。自分は立てもしないフィールドにいる、リスペクトすべき選手に対し簡単に暴言を吐いてしまう。最近はNBAなどのメジャースポーツなどでもよく取り上げられ、グローバルでも選手のメンタルヘルスに関わる重大な問題の

          相手に求めることを自分でやることは大変。

          苦しむことは楽しいことだ、と言い聞かせる

          仏教において、生きることは苦しみであると言う教えがある。 生まれた瞬間から苦しむのが当然のことである。と言う。 あるドラマのセリフで「生きるためには勝たなくてはいけない」と言うのも聞いたことがある。 強くあるためには苦しまなければならず、勝つためには苦しまなければならない。 勝った後も勝ち続けるためには苦しまなければならない。 その輪廻が嫌であれば、その場から逃げるしかない。 しかし、逃げるということも苦しい。 苦しまないような場所はあるのだろうか。 苦しいことか

          苦しむことは楽しいことだ、と言い聞かせる

          何が正解なのだろうか

          ゴールデンウィークも終わり仕事が再開した。しっかりと一日中打ち合わせをしていたが、自分の担当している仕事に対して先輩からフィードバックがあり、イライラしてしまった。 いろいろと試行錯誤をしながら悩みながらやっているのだが、一方的にズバズバと言いたいことを言われてしまった。 僕の頭の中では 「なんでゴールデンウィーク明けすぐにそんな嫌なトーンで部下に物を言うのだろうか」 「わかっていることをなぜネチネチというのだろうか」 「そもそもうちの部署のミッションを超えていることを求

          何が正解なのだろうか

          「仮面」

          自分はどんな思考をしているのか。どんな考え方をしていれば正しく生きられるのか、世の中を生きやすくなるのか。気がつくといつも考えている。 幼少期の頃は自分の時間軸の中で比較的人間関係もうまくいっていたと思い込んでいるため、幼い頃はどんな考え方をしていたのか、思い出したくなってしまう。 ただ、はっきりとは思い出せない。 朧げながらだが、今振り返ると、自分の幼少期の考え方は漫画やアニメ、ドラマに大きく影響を与えられていたと思う。 ジャンプの登場人物の悟空やルフィ、サッカーマ

          完全な人間はいない

          自分になりうる最高の人間になる だから優しくいられる

          完全な人間はいない

          母のふるさと

          小さい頃、主に小学生6年生の頃まで毎年年一回、母方の両親の故郷に帰っていた。 当時住んでいた忙しく騒がしい東京の家とは真逆で、母親の故郷の家はゆっくりと静かで穏やかな時間が流れていた。 迎え入れてくれる祖父母や叔父はとても優しく、いつも笑顔で手を繋いで畦道を歩き、公園や駄菓子屋へ連れて行ってくれた。 自分の心の中に幸せな記憶として残すべき時間が、そこには常に流れていた。 ある夏休みには祖父が運転する軽トラの荷台に、いとこの3姉妹と僕の妹と一緒に、花火が綺麗に見える自分達

          アートに触れた一日

          今日はアートに触れる一日となった。 しかも、自分が大好きな街で。 いろいろなアーティストがそれぞれの感性で作品を産み出している。 産み出された作品は半永久的に残り、たとえ形がなくなったとしても、そのプロセスで産まれた形ではない”何か”は生み出した本人の寿命よりも永く残っていくものだと感じる。 羨ましく感じた。 自分も”何か”を「残したい」と思った。 誰かのためにはならないかもしれない。 だが、まずは自分のために。そしてそれがいつかは人のためになれば、それは幸せだ

          アートに触れた一日

          ゴールデンウィーク中の”心の中”

          ゴールデンウィークもちょうど真ん中。休み前までの疲れもだいぶ取れてきた。ただここから後半に入るにつれて、意識が休み明けの仕事にどうしても引っ張られてしまう。 来週の報告内容をどうするか、それに向けての資料はどういう構成で作成しようか、あとは上司の予定も見ておかなくては… など、気が付いたらpcを開いていつも通り仕事をしてしまっている。休みの日は気分転換をしたり、いつもは時間がなくてできないインプットの時間をまとめてとろうと思っているのに、どうしても”恐怖”にかられてそうい

          ゴールデンウィーク中の”心の中”