「その投資はインパクト投資なの?」という問いに直面したときの解決法 ~日テレさんの事例に接して~
はじめに
日テレ(日本テレビ放送網)さんのインパクト投資に関するリリースが、インパクト投資にかかわる方々の界隈で議論になっています。
このような議論を呼ぶ対象が世の中で現れるほどにインパクト投資市場が成熟してきたことに、市場の黎明期から関わってきた者として、私は喜びを感じています。
私はインパクト投資を行う投資家ではありません。
社会的インパクトの創出を行おうとする企業に対して、その企業が目指すインパクトを定義し、達成までの計画を策定し、成果を最大化するためのコンサルティングを提供する立場です。
今回の事例で言えば、日テレさんを支援されたケイスリー株式会社さんと同じ立場で仕事をすることが多いです。
仕事柄、「どうすれば日テレさんが、インパクト投資界隈から批判されずに済んだのだろうか」という視点でものごとを見る立場にあります。
今回のケースにおいては、以下の2点にしっかりと取り組むことで、批判が起こらなかったのだろうと思います。また、日テレさんにおかれては、これからでもこの2点に取り組んでいただくと良いと思います。
① 社会の理想と現状のギャップの可視化
② このインパクト創出の試みの発信先(重要ステークホルダー)の具体化
①については、今回登場した識者のあいだでも部分的に言及されていることですが、②については言及されている方がいらっしゃらなかったので、この記事を発信する価値があると思いました。
以下、詳しくご説明します。
インパクト投資とは
まず、ご存知ない方のために、インパクト投資とは何かについて、ご紹介します。簡単に言うと、インパクト投資は、収益のみならず、社会的・環境的な変化の実現も目指す投資です。ご参考までに、金融庁の定義もご紹介しておきます。
今回の論争
今回の論争は、以下のリンク先にある、日テレさんのリリースにまつわるものです。
【インパクト投資2号案件】縦型ショートドラマの株式会社GOKKOと資本業務提携 ~日本のクリエイターを憧れの職業に!~
リリースの内容としては、日テレさんが、縦型ショートドラマでZ世代から圧倒的支持を受け続ける株式会社GOKKOとの資本業務提携を決定した(投資を決定した)というものです。
論点となったのは、この投資を日テレさんが「インパクト投資」であると宣言された点です。
この宣言に関し、X(ツイッター)上で、特にインパクト投資に関わっている識者(@kissmetk、@reijiyamanaka、@matsui_takanori、@Take_Iga、@ulysses_aoki など)から以下のような指摘とともに批判がありました。
今回の投資は社会課題を解決するものではない
ネガティブな状況をプラスに変えていくもの以外をインパクト投資と呼ぶべきではない。(今回のものはプラスの状況からさらにプラスへの変化を目指している。)
(インパクト投資の特徴として期待される)誰かの痛みを想像することが難しい
インパクトとは
詳細に入っていくまえに、インパクト投資という名称に含まれる「インパクト」という言葉の定義を確認させてください。
インパクトとは、「短期、長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的、環境的な変化や効果のこと」を言います。「社会的インパクトを創出する」とは「社会に変化を起こす」ということなのです。
そして「社会に変化をおこす」とは、人の行動に変化を連鎖的に起こしていくなかで、複雑系である社会のあり方を変えていく、ということになります。
インパクトは測定されることが前提
「あらゆる活動は、微々たるものであっても社会になんらかの変化を起こすよね」とおっしゃる方がいます。
そうだと思います。
しかし、インパクトという言葉はもともと「衝撃」といった意味ですので、社会的インパクトという場合には、社会に大きな変化を起こそうとしているという前提があります。大きな変化を起こそうとする場合には、少なからぬリ時間や資金、エネルギーの投下が必要なので、その投資の成果を確認したいと思う人が大半でしょう。「何らかの変化があるはず」では不十分で、成果の定義と測定が求められます。
ですから、インパクトという言葉を用いると、おのずからその成功の定義と、成果の測定をしていくことが前提になります。成果を測定し成果をマネジメントすることを、「インパクト測定・マネジメント(IMM)」と言います。なお、測定されて結果がでるからこそ、そこに対する投資(インパクト投資)が成り立ちます。
インパクトの測定では、社会の理想と現状のギャップの可視化が第一歩
インパクト創出を目指す際には、以下の2つが必要だと言いました。
成功の定義
成果の測定
この2つを行うためには、社会の理想と現状とのギャップをどうとらえているのか、という整理が必須です。
見る場所、見る角度によって、社会はその姿を大きく変えるものです。
社会を大きく変える、インパクトを起こすという場合に、その前提として今目の前の社会をどのように捉えていて、今後何年でどういう方向に社会を変えようとしているのか、そのギャップを明確化しないと、インパクトを起こそうとする活動の成功の定義ができません。
今回の日テレさんの事例では、この社会の理想と現状のギャップの可視化が不十分だったと感じます。
今回の日テレさんの投資先は株式会社GOKKOさんという、縦型ショートドラマの制作会社さんだったのですが、同社が目指す社会的インパクトとして「日本のドラマクリエイターが憧れの職業になる」というものを掲げています。なお、憧れの職業になった先には、「世界の感動の総量が増える」という目的もあるようです。
「世界の感動の総量が増える」
「日本のドラマクリエイターが憧れの職業になる」
これらはもちろんポジティブなことですが、現在はどういう状況だと、日テレさん、GOKKOさんが考えているのかがわかりません。
また、感動の総量が増える、憧れの職業になるとは、具体的に「誰が」「どういう状態」になっていることを指すのか、それもわかりません。
このように、社会の理想の姿と現在の姿のギャップをどのようにとらえているのか、読み手からわからない状況だと、インパクトが創出された先の姿がわからず、「これはインパクト投資だ」と言われても納得感をもつことができません。
少し横道にそれますが、企業が社会課題解決ビジネスを考える際、この「社会の理想と現実のギャップの明確化、具体化」は忘れられがちです。
「過疎化の解消」「介護問題の解消」という抽象的な言葉で片付けられてしまったまま、何をするかという議論に移りがちです。
「過疎化」で困っている人は誰でどういう課題を抱えているのか。
例えば、過疎化地域に住みつづけるしかない高齢の方々が、このさき医療面で直面するだろう課題の解消を目指すとすれば、そうした高齢者の方々は現在どの地域に何人存在しているのか、何年後には何人に増加してしまうのか、このような社会のギャップの明確化、具体化が必要です。
そのうえで、何年後をターゲットとして、様々な側面がある医療面の課題のどの部分でどのような課題解消を目指すのかという成功の定義が求められます。
成功の定義ができないまま打ち手の議論をしようとしても、何を目指しているのかが曖昧なので、打ち手も抽象的なものに留まりがちで、ビジネスとして立ち上がりません。
トークンエクスプレス株式会社がお客様と取り組みを始める時、この社会の理想と現状のギャップの可視化から始めることが多いです。
具体的には、社会課題の範囲と構造の整理を行うのですが、ご関心ある方はぜひお気軽に下記リンクからご連絡下さい。
日テレさんの事例は社会の理想と現状のギャップの定義に課題がある可能性
今回、日テレさんのリリースに対して反応されていた識者たちからは、以下のようなコメントがありました。
社会課題を解決するものではない
ネガティブな状況をプラスに変えていくもの以外をインパクト投資と呼ぶべきではない。(今回のものはプラスの状況からさらにプラスへの変化を目指している。)
(インパクト投資の特徴として期待される)誰かの痛みを想像することが難しい
これらのコメントから察するに、今回日テレさんの投資先が起こそうとする社会的な変化への共感が得られていないのだろうと思います。
日テレさんの投資先は、長期的に
「世界の感動の総量が増える」
「ドラマ領域で世界シェアが増える」
「日本のドラマクリエイターが憧れの職業になる」
「ドラマクリエイターの収入が増える」
ことを目指していると、同社のリリースの中で説明されています。
しかし、これらの長期的ゴールをみても、理想と現状のギャップが想像し難い。
日テレさんなどメディア界隈では理解されるゴールなのかもしれませんが、一般の人々はそのような前提は待ち合わせていない。
なので共感がえられなかった。いや、そもそも理解できなかったといえるでしょう。
また、インパクト投資に思い入れのある人は、私も含め、インパクト投資がある種の公共性を持つものであってほしいと思っているのだと思います。
今回のインパクト投資には、その公共性を伝えようとするコミュニケーションが十分ではなかったのだろうとも思います。
ただ、この公共性といった場合に、一つ論点があります。
ギャップの定義には、このインパクト創出の試みを誰に発信したいか(重要ステークホルダー)の視点が必要
その論点とは、「あらゆる人に理解される社会課題しか扱えないのか」という点です。
私は、社会的インパクトには公共性が一定程度必要だと思いますが、企業が社会的インパクトを扱う場合にあらゆる人が共感する課題しか扱うべきではないとは思いません。
では、どの範囲で社外の人に意義を認めてもらうべきなのか。どの範囲を担保すべきなのか。
それは、「その事業が達成しようとしている社会的インパクトの実現にむけて、協力してもらう必要があるステークホルダーに共感してもらえる水準」だと思っています。
実際、社会課題の捉え方は主観的なものです。
主観的でいいのです。
社会課題の捉え方が主観的で多様性があるからこそ、社会に無限に存在する様々な課題の解決が実現できます。
(社会的インパクトを追求する上場企業「雨風太陽」の高橋社長も、弊社のインタビューにてこの点を論じています。関心ある方は以下のリンク先をご覧ください。)
ただ、インパクトの実現を、一社で実現できる主体は存在しません。必ず、目指す社会変化に共感し、協力してくれる他者の存在が必要です。
インパクトを起こそうとする主体に必要な協力者を「重要ステークホルダー」と呼びましょう。
インパクト創出を目指す企業がなぜインパクトの測定を行うのかといえば、究極的にはその重要ステークホルダーの協力を得ていき、目指すインパクトを達成するためなのです。
さて、ここで話を戻しましょう。
インパクトと起こそうとする企業が、取り組みを通じて縮めようとする社会の理想と現状のギャップの定義。
これは誰に共感してもらえるように定義することが必要か、というお話でした。
「最低限、重要ステークホルダーに共感してもらえるようにギャップの定義しましょう」というのが私の答えです。
もちろん、重要ステークホルダーに限らずなるべく多くの人に共感してもらえる方がベターです。
しかし、マーケティングの考え方と一緒で、少なくとも重要ステークホルダーが具体化されていないと、「誰にも刺さらない」内容となって、インパクトの実現もままならない結果に至りかねません。
株式会社雨風太陽さんの事例
抽象的な話が続いたので、当社が関わった、雨風太陽さんの事例でお話ししましょう。
雨風太陽さんは、「都市と地方をかきまぜる」をミッションに掲げ、全国8,200名の生産者と75万人の消費者を繋ぐ産直ECサイト「ポケットマルシェ」の運営、関係人口創出を目的とした地方自治体との連携等を行う上場会社です。(データは2024年5月15日の同社第1四半期決算説明資料から引用)
親子向け地方留学の「ポケマル親子地方留学」という事業も展開し、都市と地方の間のヒト・モノ・カネを循環・促進していく、このような事業をしている会社になります。
雨風太陽は、トークンエクスプレス株式会社のご支援のもと、インパクトレポートを発刊されるなど、取り組む事業のもつ社会的インパクトの発信を積極的に行っています。
雨風太陽さんにとっての重要ステークホルダーは、社員、ユーザー、生産者、投資家です。
特に、インパクトレポートを作成する際に同社がよくおっしゃっていたのは、地方に存在する生産者(農家さんや漁師さん)に、雨風太陽が目指す社会の理想像を伝えていきたい、そして仲間になってもらいたい、という点です。
こうした重要ステークホルダーの具体像があったからこそ、同社の社会的インパクトの発信内容が具体化し、同社の問題意識が「伝わる」ものになったのだと思います。
「あなたにこの活動に参加してもらいたいんですよ。」
そこが伝わるように、社会の理想と現状のギャップを描いていく。
これこそが、インパクト創出を目指す事業者のインパクトの設計において重要な点だと思っています。
今回の事例で、日テレさんにとって誰が重要ステークホルダーだったのか
まとめると今回の日テレさんの事例では
① 社会の理想と現状のギャップの可視化
② このインパクト創出の試みの発信先(重要ステークホルダー)の具体化
において、課題があったと考えます。
日テレさんが社会課題だと感じること(社会の理想と現状のギャップ)を、あらゆる人に理解してもらう必要はありません。
ただ、インパクト実現にむけて、誰を仲間に引き入れる必要があるのか、誰が重要ステークホルダーなのか、今回の発信が誰に対して向けられているのかが具体化されたうえでの発信であれば、社会課題と取組み意義の説明がもう少し伝わりやすくなったのだろうと思います。
これからでも遅くないと思いますので、この点についてご検討いただくことを、勝手ながら本件関係者の皆様にはおすすめしたいと思います。
さいごに
今回の事例が象徴するように、企業がインパクト創出にチャレンジする際、社会の理想と現状のギャップの可視化が不十分なまま、事業の内容の検討に入ってしまう事例が非常に多いです。
トークンエクスプレス株式会社では、その点について、「社会課題の範囲と構造の整理」のお手伝いを、1か月でクイックに行うサービスを行っています。
社会課題解決ビジネスが対象とする「社会課題の範囲と構造」を図解するサービスです。
ご関心ある方はぜひお気軽にご連絡下さい。
インパクトに取り組む先進企業の取組事例をご説明するオンラインセミナーのアーカイブも配信中です。よろしければご覧ください。
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