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2024年3月に読んだ本




『天才による凡人のための短歌教室』 木下龍也


【雑感】

これは短歌の愛に溢れた、私たちへの挑戦状である。現代短歌の旗手、木下龍也が、惜しみなく創作における手の内を明かしてくれる贅沢さ。内容は端的かつ実践的。非常に分かりやすい。短歌とは、今この瞬間を切り取ることより、過ぎ去りし思い出を書くことに適したツールであるという。文章からは、三十一文字で記憶を結晶化させる営みの奥深さ、歌人としてのプロ意識の高さが伝わってくる。上達にはまず短歌を知るべしと、作者以外の歌集も多く紹介されているので、新しい短歌に出会いたい人にもおすすめの一冊である。




『旅する練習』 乗代雄介


【雑感】

打ちのめされてしまった。暴力的なまでの愛おしさにである。小説家の叔父とサッカー少女である姪との二人旅。鹿島まで歩く道すがら、風景描写とリフティング、各々が練習したいことをひたすら練習する旅。最も驚く場面は、読んだ人間なら凡そ共通するだろう。いかにこの時間が豊かでかけがえのないものだったか。実際に体験した訳でもないのに、それは痛いほど伝わってくる。何でもない日常の美しさが、残酷であるとすら感じさせる世界。そして読後、私も例に漏れず、また最初から読みかえしてしまうのである。




『アマニタ・パンセリナ』 中島らも


【雑感】

トリップレポートを好む間接的ジャンキーとしては本著は些か遅すぎる摂取であった。らも節で語られる、神が鎮座まします妖しの世界、またそこへ向かう旅路の記録。掛け値なしに面白い。声を出して笑ってしまう。麻薬とは「自失」であり、そこから表現が生まれることは稀有だと述べているが、この本自体がその稀有な例ではないかと思う。自失の中にあっても客観性とサービス精神を端々に感じる。これを読んで薬に手を出す人は恐らく居まい。素面のままこのめくるめく世界に昏倒しよう。本著が合法であるうちに。




『ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方』 上出遼平


【雑感】

仕事術と称するものにあまり興味が湧かないのだが、作者は上出遼平である。読んでみて期待通り、いや、これは期待の斜め上を行くとんでもない代物だったと思う。改めて誤解がないように伝えるが、これは紛れもなく仕事術を語る本である。ただその伝え方の妙。実に手に汗握る読書体験であった。こんな本は中々お目に掛かれないだろう。ビジネス書コーナーに檸檬のようにこの本が置かれているのを見掛ける度に、純真無垢な読者がこれから受けるであろう衝撃をつい想像してしまう。アイデア、胆力、人としての強度、どれを取っても凄まじい。

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