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ベルリン国際映画祭コンペ選出作品たち

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カンヌ映画祭のコンペ制覇にあわせて、ベルリン映画祭のコンペもゆるゆると書いていきます。2020年から始まったエンカウンターズ部門の記事も入れます。
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記事一覧

ルート・ベッカーマン『Favoriten』オーストリア、イルカイ先生の教室

2024年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。ウィーンのファヴォリーテン地区にある小学校に通う25歳の子供たちの3年間を追ったドキュメンタリー。ファヴォリーテン地区は歴史的に移民が多く暮らす場所でもあり、6割以上の生徒はドイツ語を母国語としていないらしい。生徒たちはドイツ語を学んでいく過程で、異文化の共存や女性への態度、自分や家族が信じる宗教、自らの将来などを多角的に学んでいく。やはり興味深いのは"文化"とはなにか?という問いに真剣に向き合う三人の男子生徒たちのシーン

ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス『Pepe』ドミニカ共和国、カバのペペの残留思念が語る物語

2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス長編四作目。1993年、脱獄し潜伏中だった麻薬王パブロ・エスコバルはコロンビア国家警察の特殊部隊との銃撃戦の末に死亡した。彼は自身の私有地であるアシエンダ・ナポレスの裏庭にある人工湖で4頭のカバを飼っていたが、死亡後は放し飼いとなって天敵の居ない環境で繁殖し続け、現在では200頭近くまで増え、地元の漁師から脅威として認識されている。コカインヒポと呼ばれているらしい。その中で群れから分かれ

ホアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ『The Priest and the Girl』ブラジル、悪魔の遣わせた聖人或いはメンヘラ製造機

1966年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ホアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ長編一作目。カルロス・ドラモンド・デ・アンドラーデによる同名詩に基づく。ディアマンティーナ近郊の山岳地帯にある朽ち果てたダイヤモンド鉱山の鉱夫村に、危篤状態にある老齢のアントニオ神父の最期を看取るために若い神父がやって来た。宗教に熱心な老女たち以外の村人は活気がなく、村全体も死に体という中で、若い神父はマリアナという少女に出会う。10歳のときに裕福な商人オノラトに預けられて育てられたという彼女は、今

ミン・バハドゥル・バム『Shambhala』ネパール、シャンバラへゆく者

傑作。2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ミン・バハドゥル・バム長編二作目。ネパールはヒマラヤ山麓にある小さな村には、一妻多夫の伝統がある。家系を維持しながら必要最低限の物資で生活できるということで、この伝統は長年に渡って続いてきたが、現代では観光客の増加や外文化の流入によって、あと数世代で滅びそうという調査結果もあるようだ。主人公ペマはタシという青年と結婚する。彼には二人の弟がいて、上の弟カルマは僧侶として近隣の寺院で過ごしており、下の弟ダワはまだ小学生くらいだ(彼

フィリップ・ガレル『ある人形使い一家の肖像』ガレル家子供世代の将来は如何に

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。俳優になる10年前の1947年、フィリップ・ガレルの父モーリスは人形劇団に入団し活動していた。1950年にはクロード=アンドレ・メッサン、アラン・ルコワンと共に"Compagnie des Trois"を創設し、各地を公演して回った。本作品はそんなモーリスの経験を基にしているようだ。本作品に登場する劇団は家族経営であり、若い三人はフィリップ・ガレルの子供たち(ルイ、エステル、レナ)が演じている他、フィリップ自身ともいえる彼らの父親シ

エミリー・アテフ『密会 少女と馬飼いの男』ドイツ、おじさんに恋する少女の物語

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ダニエラ・クリエンによる同名小説の映画化作品。1990年夏、東ドイツの農村で暮らすマリアは写真家志望の恋人ヨハネスの家に居候していた。母親の勤めていた工場が東西統合によって閉鎖されてしまい、仕事にあぶれた母親は別れた夫の実家に居候していたからだ。そんな彼女は学校をサボっては昼間からドストエフスキーを読んで、ヨハネスの実家のブレンデル農場を手伝って過ごしている。ある日、近隣に暮らす独り身の農夫ヘンナーとばったり出くわし、その魅力に呑み

João Canijo『Bad Living』ポルトガル、愛が彷徨う迷宮ホテルで

傑作。2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞ポルトガル代表。ジョアン・カニホ(João Canijo)長編最新作二部作。同じ映画祭のエンカウンターズ部門に出品された『Living Bad』と対になっており、本作品ではホテル経営をする親子三代、同作ではそのホテルにやって来た客の目線で同じ時間の出来事を描いている。ホテルを経営する親子三代には極めて複雑な愛憎が渦巻いている。家長のサラはホテルのオーナーとして忙しく動き回る。その娘ピエダーデは

ジョン・トレンゴーブ『Manodrome』インセル集会に出てみたら…

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ジョン・トレンゴーブ長編三作目。仕事を失ったラルフは個人タクシーで日銭を稼ぎながら、鬱屈した感情を心の奥底に仕舞い込んでいた。スーパーで働く妻サルはそろそろ出産を控えていて、必要なものもこれから増えていくが、収入が増える兆しもない。そんな彼は暇を見つけてはジムに行って身体を鍛え、鏡の前で泣きそうな顔になりながら写真を撮っている。彼の幼稚な精神性や脆弱な男らしさそのものを映し出す見事なシーンだ。ある日、友人のジェイソンが自分も入ってい

クリストフ・ホーホホイスラー『Till the End of the Night』トランスフォビア刑事、トランス女性と潜入捜査する

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。クリストフ・ホーホホイスラー長編六作目。潜入捜査官ロベルトは麻薬売買に使われた闇サイトを調査するため、標的ヴィクトルの知り合いで収監中だったレニと組むことになった。ただ、どういう判断でこの二人を組ませたら上手くいくと思ったのか不思議なくらい二人の仲は悪い(マジで意味不明だったので海外評探訪してみたが、みんな分かんなかったみたいで書いてある内容がバラバラだった)。レニの方はヴィクトルの妻ニコールと仲良くなって、ロベルトにヴィクトルの運

ロルフ・デ・ヒーア『サバイバル』植民地主義と人種差別への諦めと絶望

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ロルフ・デ・ヒーア長編15作目。近作では盟友デヴィッド・ガルピリルと共にアボリジニの物語を描いてきたが、本作品ではそれを一般化したような構成になっている。というのは、黒人女性(BlackWoman)とだけ呼ばれる主人公を演じているMwajemi Husseinはコンゴ民主共和国出身の難民女性であり、主人公が都市で出会う兄妹は演者の名前から察するにインド系っぽく、そんな彼らが一緒くたに迫害されているからだ。灰か雪の積もった家の模型と虐

チャン・リュル『白塔の光』中国、心の中の"影なき塔"

傑作。2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。まだ『福岡』しか見たことないチャン・リュルにわか的に言わせてもらうと、実にチャン・リュルらしい平和な混沌の映画である。主人公はバツイチの料理評論家グー。記事の写真撮影を担当してくれる年下の同僚オウヤンと遠すぎず近すぎずの関係を続けている。そんな中、老母が亡くなってすぐの頃に、幼少期以降音信不通だった父親の所在を知ってしまい心がかき乱される。といった話を様々織り交ぜて、グーの人生を語っていく。後半になると、長回しの中で虚実が入れ

Alexandr Zolotukhin『Brother in Every Inch』ロシア、飛行訓練生の双子兄弟の絆

2022年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。アレクサンドル・ゾロトゥキン(Alexandr Zolotukhin)長編二作目。エンカウンターズ部門ががソクーロフ門下生の登竜門になりつつあるの、良き。と言いつつ、ウクライナ侵攻の直前にプレミアとなった結果、そっ閉じ状態で長らく放置されてしまっているようにも見える。理由は簡単だ。空軍のパイロット候補生たちの物語なのだ。主人公はアンドレイとミーチャという双子兄弟。あまりにもそっくりな上に、映像上で二人は区別されていないので

バス・ドゥヴォス『Here』ベルギー、世界と出会い直す魔法

人生ベスト。2023年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品、作品賞受賞作品。バス・ドゥヴォス長編四作目。上映前メッセージでは"間違えて車から投げちゃってインカメ壊れちゃったんだ~"と謎のお茶目さを披露しながら、苔についてアツく語っていた(こんな人なんだ)。物語はブリュッセルに暮らすルーマニア人建設労働者シュテファンの日々を追っている。夏季休業によって4週間の休暇を言い渡された彼は冷蔵庫を空にするためスープを作り、世話になった人や友人たちに配り歩く(エンドクレジットにはス

クリスティアン・ペッツォルト『Afire』ドイツ、不機嫌な小説家を救えるのは愛!

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品、銀熊(審査員グランプリ)受賞作。ペッツォルトは6回目の選出となる。本作品は前作『水を抱く女』に続く"エレメンタル"三部作の二作目となっているらしい。或いは"創造性と愛"についての三部作とも言われているらしい。水の次は火ということだが最後はなんなんだろうか(普通そういうのって四元素な気がするんだけど)。前作はウンディーネ伝説を基にMPDGとウンディーネを掛け合わせた現代の神話を作り出していた。今回は山火事が徐々に迫ってくるという心理的