マガジンのカバー画像

ベルリン国際映画祭コンペ選出作品たち

99
カンヌ映画祭のコンペ制覇にあわせて、ベルリン映画祭のコンペもゆるゆると書いていきます。2020年から始まったエンカウンターズ部門の記事も入れます。
運営しているクリエイター

記事一覧

ヴェロニカ・フランツ&セヴリン・フィアラ『デビルズ・バス』オーストリア、追い詰められた女たち

2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ヴェロニカ・フランツ&セヴリン・フィアラ長編三作目。二人は叔母と甥で、フランツは製作のウルリヒ・ザイドルの妻とのこと。舞台は1750年の北オーストリア、主人公アグネスは山の向こうの村から嫁いできた。結婚式では主賓なのに誰も知り合いが居ないので所在なさげで、全財産叩いて購入した新居をノリノリで見せてくるわりに初夜を拒絶する夫は近所に住む母親とばかり会話していて、この義母もとにかく小言が多くて…といきなり八方塞がりな状況に直面し、幸せに

Nele Wohlatz『Sleep with Your Eyes Open』ブラジル、"翻訳している相手のことを本当に理解してる?"

大傑作。Nele Wohlatz単独長編二作目。前作『The Future Perfect』は、ブエノスアイレスに移住した少女がスペイン語を学んでいく過程を捉えることで、新たな言葉とともに新たな概念を獲得し、未来を切り開いていくという、温かで希望的なツールとしての"言語"を中心に描かれた作品だった。本作品は前作の続きのような視点で、"言語"の別の側面も描き出している。また、前作における"頑なに中国文化を守る両親"に相当する人々の視点が深堀りされ、かつ"言語"以外の要素でも"変

ブリュノ・デュモン『The Empire』フランドルの"スター・ウォーズ"は広義SF映画のカリカチュア

傑作。2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ブリュノ・デュモン長編12作目。舞台はいつものブローニュ=シュル=メール、ここに一人の赤子がいる。帝国の未来を背負った"運命の子"である。この田舎の砂丘地帯に暮らす人々は徐々に宇宙人と入れ替えられ、赤子は父親役として選ばれた騎士ジョニー(人間の姿ではボロ船でロブスターを獲っている)以下白馬の騎士団が守っている。彼らは宮殿型宇宙船で指示を出すベルゼビュス(恐ろしいくらいノリノリのファブリス・ルキーニ)の手下であり、悪意を以て人間

アブデラマン・シサコ『Black Tea』広州のアフリカ系移民街に暮らす人々の物語

2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。アブデラマン・シサコ長編五作目。市役所に集まる人々。彼らは市長による結婚宣言を待つ人々だ。何組かの新郎新婦とその親族たちが待機する中で、主人公のアヤは"この男を伴侶とするか?"という質問に"ノー"と答える。なんとも魅惑的な幕開けだ。すると映画は、いきなり中国は広州にあるアフリカ系移民が多く住む"チョコレートシティ"と呼ばれる場所へ遷移する。店を開く黒人たちも中国人たちも客として訪れる黒人たちも中国人たちも皆が知り合いで、巡回する二人

João Canijo『Living Bad』ポルトガル、子供を支配したい毒親三部作

2023年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。ジョアン・カニホ(João Canijo)長編最新作二部作。同じ映画祭のコンペ部門に出品された『Bad Living』と対になっており、同作ではホテル経営をする親子三代、本作品ではそのホテルにやって来た客の目線で同じ時間の出来事を描いている。本作品は似たような境遇にある三組の客を三部構成で描いており、客同士の直接的な関わりはないものの、同じシーンを別の視点で見ることが出来るという点で『Bad Living』を別視点で3回見

マルゲリータ・ヴィカーリオ『グローリア!』音楽を理論や楽譜や権力や階級から解放する映画

傑作。2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。シンガーソングライターとして有名なマルゲリータ・ヴィカーリオ長編一作目。1800年を迎えたヴェネツィア近郊にある救済院にて、音楽に関する三つの視点が入り乱れる物語。この救済院では身寄りのない子供たちに楽器を教えて聖歌隊としていたが、指揮者兼作曲家の院長は別に人身売買なども行っているようだ。一人目のテレサは声を仕舞いこんだ孤児の少女。今は下人として働いている。彼女は院長の裏仕事の餌食となって、知事の子供を産まされた過去を持つ。二

ルート・ベッカーマン『ウィーン10区、ファヴォリーテン』オーストリア、イルカイ先生の教室

2024年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。ウィーンのファヴォリーテン地区にある小学校に通う25歳の子供たちの3年間を追ったドキュメンタリー。ファヴォリーテン地区は歴史的に移民が多く暮らす場所でもあり、6割以上の生徒はドイツ語を母国語としていないらしい。生徒たちはドイツ語を学んでいく過程で、異文化の共存や女性への態度、自分や家族が信じる宗教、自らの将来などを多角的に学んでいく。やはり興味深いのは"文化"とはなにか?という問いに真剣に向き合う三人の男子生徒たちのシーン

ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス『Pepe』ドミニカ共和国、カバのペペの残留思念が語る物語

2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス長編四作目。1993年、脱獄し潜伏中だった麻薬王パブロ・エスコバルはコロンビア国家警察の特殊部隊との銃撃戦の末に死亡した。彼は自身の私有地であるアシエンダ・ナポレスの裏庭にある人工湖で4頭のカバを飼っていたが、死亡後は放し飼いとなって天敵の居ない環境で繁殖し続け、現在では200頭近くまで増え、地元の漁師から脅威として認識されている。コカインヒポと呼ばれているらしい。その中で群れから分かれ

ホアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ『The Priest and the Girl』ブラジル、悪魔の遣わせた聖人或いはメンヘラ製造機

1966年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ホアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ長編一作目。カルロス・ドラモンド・デ・アンドラーデによる同名詩に基づく。ディアマンティーナ近郊の山岳地帯にある朽ち果てたダイヤモンド鉱山の鉱夫村に、危篤状態にある老齢のアントニオ神父の最期を看取るために若い神父がやって来た。宗教に熱心な老女たち以外の村人は活気がなく、村全体も死に体という中で、若い神父はマリアナという少女に出会う。10歳のときに裕福な商人オノラトに預けられて育てられたという彼女は、今

ミン・バハドゥル・バム『Shambhala』ネパール、シャンバラへゆく者

傑作。2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ミン・バハドゥル・バム長編二作目。ネパールはヒマラヤ山麓にある小さな村には、一妻多夫の伝統がある。家系を維持しながら必要最低限の物資で生活できるということで、この伝統は長年に渡って続いてきたが、現代では観光客の増加や外文化の流入によって、あと数世代で滅びそうという調査結果もあるようだ。主人公ペマはタシという青年と結婚する。彼には二人の弟がいて、上の弟カルマは僧侶として近隣の寺院で過ごしており、下の弟ダワはまだ小学生くらいだ(彼

フィリップ・ガレル『ある人形使い一家の肖像』ガレル家子供世代の将来は如何に

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。俳優になる10年前の1947年、フィリップ・ガレルの父モーリスは人形劇団に入団し活動していた。1950年にはクロード=アンドレ・メッサン、アラン・ルコワンと共に"Compagnie des Trois"を創設し、各地を公演して回った。本作品はそんなモーリスの経験を基にしているようだ。本作品に登場する劇団は家族経営であり、若い三人はフィリップ・ガレルの子供たち(ルイ、エステル、レナ)が演じている他、フィリップ自身ともいえる彼らの父親シ

エミリー・アテフ『密会 少女と馬飼いの男』ドイツ、おじさんに恋する少女の物語

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ダニエラ・クリエンによる同名小説の映画化作品。1990年夏、東ドイツの農村で暮らすマリアは写真家志望の恋人ヨハネスの家に居候していた。母親の勤めていた工場が東西統合によって閉鎖されてしまい、仕事にあぶれた母親は別れた夫の実家に居候していたからだ。そんな彼女は学校をサボっては昼間からドストエフスキーを読んで、ヨハネスの実家のブレンデル農場を手伝って過ごしている。ある日、近隣に暮らす独り身の農夫ヘンナーとばったり出くわし、その魅力に呑み

João Canijo『Bad Living』ポルトガル、愛が彷徨う迷宮ホテルで

傑作。2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞ポルトガル代表。ジョアン・カニホ(João Canijo)長編最新作二部作。同じ映画祭のエンカウンターズ部門に出品された『Living Bad』と対になっており、本作品ではホテル経営をする親子三代、同作ではそのホテルにやって来た客の目線で同じ時間の出来事を描いている。ホテルを経営する親子三代には極めて複雑な愛憎が渦巻いている。家長のサラはホテルのオーナーとして忙しく動き回る。その娘ピエダーデは

ジョン・トレンゴーブ『Manodrome』インセル集会に出てみたら…

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ジョン・トレンゴーブ長編三作目。仕事を失ったラルフは個人タクシーで日銭を稼ぎながら、鬱屈した感情を心の奥底に仕舞い込んでいた。スーパーで働く妻サルはそろそろ出産を控えていて、必要なものもこれから増えていくが、収入が増える兆しもない。そんな彼は暇を見つけてはジムに行って身体を鍛え、鏡の前で泣きそうな顔になりながら写真を撮っている。彼の幼稚な精神性や脆弱な男らしさそのものを映し出す見事なシーンだ。ある日、友人のジェイソンが自分も入ってい