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カンヌ国際映画祭コンペ選出作品たち

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2020年代の目標は"カンヌ国際映画祭コンペ選出作品をコンプリートすること"に決まりました。多分無理です。1800本近くある上、毎年20本ほど更新される地獄のリストですがのんびり… もっと読む
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記事一覧

ジャン=ステファーヌ・ソヴェール『Asphalt City』危険な有色人種と思い悩む白人救世主

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ジャン=ステファーヌ・ソヴェール長編四作目。カンヌでのプレミア上映時は『Black Flies』という題名だったが、いつの間にか変更されていた。物語は新人救命救急士オリーが、ペアを組んだベテラン救命救急士ジーンと共に様々な現場を体験する、というもの。いきなり銃撃戦があった公園に行かされて呆然とするオリーは、その後も様々な現場で様々な患者と向き合っていく。凶暴な犬に噛まれたチンピラ集団、過酷な食肉工場で倒れた男、ランドリーで倒れたホーム

ジョナサン・グレイザー『関心領域』アウシュヴィッツの隣で暮らす一家の日常

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞イギリス代表。ジョナサン・グレイザー長編四作目。1943年、アウシュヴィッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスは妻ヘドヴィグと5人の子供たちと共に、収容所に隣接するモダンな邸宅に暮らしていた。物語の骨格だけ抜き出してくると、豪華な社宅に住む仕事熱心な夫、一世一代の大仕事、転勤を言い渡されて動揺する妻、自然環境の中で伸び伸びと暮らす子供たち、というありがちな中産階級の物語だが、それら全てがホロコーストと結び

ロルフ・デ・ヒーア『クワイエット・ルーム』喧嘩する両親を見て沈黙を選んだ少女の物語

1996年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ロルフ・デ・ヒーア長編五作目。喧嘩ばかりする両親を見て、3歳から話すことを止めた少女は、そのまま7歳になった。映画はそんな彼女のナレーションによって進められる。生活の様々な場面を無言で切り抜けながら、その裏で思っていることをコメンタリーのように足していくのだ。子供ながらの語彙力の少なさと状況把握経験の乏しさから、3歳の頃を思い返すナレーションの時制が現在時制になっていたり、田舎なら皆で仲良く暮らせるという自分の理想を何十枚も同じ絵にし

ナンニ・モレッティ『チネチッタで会いましょう』自虐という体で若者に説教したいだけのモレッティ

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ナンニ・モレッティ長編14作目。カンヌでの上映前にイタリアで公開されており、その時は結構評判が良くて驚いたのだが、カンヌでは案の定けちょんけちょんに貶されていた。映画は映画監督に扮するモレッティが新作映画の準備をしているシーンで幕を開ける。1956年ハンガリー動乱の時期に、イタリア共産党クアルティッチョロ支部に招かれてローマに来たハンガリーのサーカス団の物語らしいが、開始5分で"イタリアに共産主義者いたんですか?!"とか言うアホな若い

トミー・リー・ジョーンズ『ミッション・ワイルド』"ミークス・カットオフ"への返歌

これは面白い。2014年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。トミー・リー・ジョーンズ長編二作目。どっかの企画でアリ・アスターが2010年代のベストに選んでた。1854年、西部開拓時代真っ只中に過酷な大地と家父長主義によって精神を病んでしまった三人の女性をネブラスカからミズーリ川を超えて隣りにあるアイオワまで送り届ける話(川越えはテーマではない)。主人公はNY出身で西部に渡った元教師のメアリーで、今では土地も金も持っているのだが、結婚せねばという強迫観念に強く晒され、家父長主義を内

クリスティアン・ムンジウ『エリザのために』ルーマニア、腐敗の連鎖を可視化する

2016年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。クリスティアン・ムンジウ長編四作目。同じ年のコンペにはクリスティ・プイウの新作『シエラネバダ』も並んでいたというルーマニア・ニューウェーブの中でも一つの到達点のような年でもあった。主人公ロメオはトランシルヴァニアにある警察病院に勤める中年医師、調子の悪い妻マグダと高校卒業を控える娘エリザと三人暮らしだ。ケンブリッジ大学入学のための奨学金を得るには最終試験で9.0以上の成績を維持する必要があるのだが、試験を目前に控えたある日、エリザは路

ヌリ・ビルゲ・ジェイラン『うつろいの季節』トルコ、妻を支配せんとするモラハラ夫

2006年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ヌリ・ビルゲ・ジェイラン長編四作目。今回も主人公はカス男だが、普段と違うのは演じているのがジェイラン本人で、その妻役としてジェイランの妻エブルを配役していることだろう。なんならジェイランの両親も両親役で出演している。カルロス・レイガダスかよ(震え声)。閑話休題、物語はジェイラン夫妻、もとい大学教授イサとアートディレクターのバハールがトルコ南部カシュの遺跡に来るところから始まる。いつまでも未完成の論文のために、がむしゃらに写真を撮るイサ

ヴィム・ヴェンダース『PERFECT DAYS』これが"Old meets New"ってか?やかましいわ!

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ヴィム・ヴェンダース長編最新作、『パレルモ・シューティング』以来15年ぶり10度目の選出。流石は白人老人会コンペといったところか。映画は東京でオシャトイレの掃除をする中年男の日常を描いている。寡黙な男という設定なのか同僚には顎で指図してる…と思ったらトイレにいた少年には普通に声を掛けていて、なんか中途半端だなと。頑なに声を出さないシーンと普通に喋るシーンが混在していて、前者が滑稽に思えるほど。全く喋らないか、ちいかわレベルの語彙力でも

Binka Zhelyazkova『The Last Word』ブルガリア、囚われた女性パルチザンたちの抵抗

人生ベスト。1974年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。カンヌ映画祭コンペ部門に選出された数少ないブルガリア映画の一つ。選出にあたって、当時のPDがブルガリアまで試写を観に来たらしい。前作『The Tied Up Balloon』の上映禁止処分とそれに伴う国立映画センターからの解雇によって映画を撮れなくなってしまったジェリャズコヴァだったが、トドル・ジフコフの方針はプラハの春以降も変わらず、知識層と接触を続けることが保身への最良の戦略と認識していたために、もう一度だけ監督のチャ

クリスティアン・ムンジウ『汚れなき祈り』ルーマニア、閉鎖的な宗教コミュニティと悪魔祓い事件について

2012年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。クリスティアン・ムンジウ長編三作目。2005年にモルタヴィアの修道院で起こった修道女殺害事件、通称"タナク悪魔祓い事件"を記録したタティアナ・ニクレスク・ブランによる2つの小説を基にしている。物語は孤児院で共に暮らしたヴォイキツァのもとにドイツで働いてたアリーナが帰ってくるところから始まる。丘の上にある粗末なコミュニティで、修道女たちと彼女たちをまとめる30歳の神父が暮らしていた。アリーナとヴォイキツァは過去には友人以上の関係にあった

トッド・ヘインズ『メイ・ディセンバー ゆれる真実』不健康な年齢差恋愛のその後

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。トッド・ヘインズ長編九作目。原題"May December"は年齢差のある恋愛関係を意味し、作中に登場する36歳のときに13歳の息子ジョージーの同級生と関係を持った後、結婚したグレイシーとジョーのことを指している。これは明確に言及されたわけではないが、アメリカ人なら1996年に起こったメアリー・ケイ・ルトーノー事件を思い出すことだろう。現在、ジョーが36歳になった年に、同い年の女優エリザベスが新作映画でグレイシーを演じることとなり、イ

ワン・ビン『青春』中国、縫製工場の若者たちの生活

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ワン・ビンとは非常に相性が悪く、どの作品もだいたい開始10分くらいで寝ちゃって全戦全敗中なので、可能ならばエンカウントしなくない作家の一人だったのだが、コンペに選ばれたからには向き合ってみる。本作品の上映時間は3時間半もあるが、ワン・ビンの中では中ボス程度の長さである。というのは、本作品は同じ登場人物を長期間に渡って追った三部作の第一部に相当するからのようだ。三部作全体は9時間40分を予定しているらしく、恐らくはカンヌ映画祭までに編集

カトリーヌ・ブレイヤ『あやまち』ブレイヤ流"罪と女王"

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。カトリーヌ・ブレイヤ長編15作目。10年ぶりの新作だが、この10年間の間に起こったことと言えば、#MeToo運動の初期段階でワインスタインを擁護して先頭に立っていたアーシア・アルジェントやジェシカ・チャステインを罵ったことだ。これに関して考えを変えたとか謝罪したとかの記事は見当たらなかったので、5年も経ったし皆忘れたでしょ!ということなんだろうか。"王様"フレモーへの信頼はマイナスなので、やっても不思議じゃない。閑話休題、本作品は20

トラン・アン・ユン『ポトフ 美食家と料理人』料理は対話、料理は映画

大傑作。2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞フランス代表。トラン・アン・ユン長編七作目。ライトフィルム様よりご厚意で試写にて鑑賞。本作品の主人公である美食家ドダンはマルセル・ルーフによる小説「The Passionate Epicure」の主人公を原案としている。モデルは「美味礼讃」を書いたジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランである他、作中ではウィーン会議でフランス料理を振る舞って欧州にフランス料理を広めたカレーム、レストラン経営やレ