20230313

 大江健三郎が亡くなった。三日に亡くなり、家族葬を行ったという。後日お別れ会が開催されるそうだ。八八歳。死因は老衰。同時代に割腹した三島由紀夫や義兄でもある伊丹十三の自死など、息子である光氏の障害やアルコール中毒もあり、希死念慮に囚われていることは彼の作品からも指摘され続けてきた。そんな彼も最後まで筆を止めることはあっても、折ることはなく高いレベルの作品を書き続けたということはそれだけでも偉大なことだ。九四年にノーベル文学賞を受賞してからも、オウム真理教や東日本大震災後の原発事故など常に社会問題にもコミットし、平和と民主主義について真摯に向き合い続けた。本当に〝戦後〟という時代を体現した稀有な作家だったと思う。外は雨のち曇りの天気。久しぶりの雨で気温も少し下がった。自分は、初めて彼の初期の代表作『死者の奢り・飼育』(新潮文庫)を読んだときには全くピンとこなかった。だが、『性的人間』(新潮文庫)を読んで衝撃を受けた。村落で乱交をビデオに録る若者が好奇の目で見られるという前半から、電車で痴漢を通じ少年が「厳粛な綱渡り」なる詩を成し遂げるのを止める、という謎すぎる展開を迎える表題作や左翼的家庭に育った少年が右翼に転向する「セヴンティーン」、自宅の四隅から猿に私生活を覗かれる「共同生活」と彼の懐の深さを感じさせる三作が収録されている。『万延元年のフットボール』(講談社学芸文庫)は彼の故郷の村落を舞台に戦時から戦後にかけての日本の暗部を神話と融合させた怪作だった。これから先も多くの人々に読まれ続けるだろう。わたしも彼の良い読者ではなかったが、できる限り読み続けていきたい。

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