20231213
モアメド・ムブガル・サール『人類の深奥に秘められた記憶』(野崎歓訳、集英社)を読んだ。五〇〇ページ近くあるのだが、読む手が止まらずに二週間ほどで読み終えた。二〇二一年の仏ゴングール賞受賞作で、サールはセネガル出身の三十一歳。今作が五作目という新進気鋭の作家だ。自身をモデルにしたと思しき、セネガルのタガール出身のジュガーヌという作家がT・C・エリマン作『人でなしの迷宮』という小説に関心を抱くところから物語は始まる。発表時にはエリマンが「黒きランボー」と評されるまでに絶賛されたが、剽窃が疑われてたちまち回収・絶版の道を辿る。エリマンも騒動には沈黙したまま行方不明になってしまう。ジュガーヌは、敬愛する同郷の作家シガ・Dに酒場で出会い、彼女から幻の書となっていた『人でなしの迷宮』を受け取る。ジュガーヌはかつてシガ・Dがそうしてようにエリマンの行方を追う。そのうちに思わぬ運命と書くことの根源が複雑に絡まり合う迷宮へと迷い込む。
二度にわたる戦争と、仏によるアフリカ植民地化、批評、文壇の欺瞞、物語、小説、フィクションとはなにか、様々な問題を提議しつつ、時代も性別も人種も越えた語りで円環する構造を作り上げたその手腕は見事としか言いようがない。冒頭でチリ出身の作家であるロベルト・ボラーニョの『野生の探偵たち』の一文が引用され、そこに書かれた「人類の深奥に秘められた記憶」がそのままタイトルとなっている通り、ボラーニョをはじめ、村上春樹などからも影響を受けているようだ。この本について、来月に読書会に参加する予定なので、今から楽しみだ。