20230728

 小川洋子読書会の日だった。今回の課題図書は『ホテル・アイリス』(幻冬舎文庫)。城壁のある観光地のホテルに生まれた娘が主人公。十代ながら学校にも行けず、母親の元で働く彼女がホテルの一室で騒ぎを起こしたロシア語翻訳家の男の声に惹かれて男の後をつける。親子ほどに年の離れた二人は男の住むF島で関係を持ち、男の性的嗜好に彼女は溺れていく。男には亡くなった妻がいて、さらにその死に関わった甥と奇妙な関係を持っていることに娘は嫉妬を覚える。病気で舌を失った甥は筆談で娘と言葉を交わし、娘は甥とも関係を持つ。そして男と娘の関係は破滅に向かう……というあらすじだけで辿ると昼のメロドラマのような話ではあるが、小川洋子の作品には絶えずタナトスの片鱗があるのでエロスもそうした死の欲動へと変換されていく。ちょうどこの頃、渡辺淳一の『失楽園』が連載されており、バブルからバブル崩壊のあおりを受けてこのような作風が世間に求められていたということ、小川自身がエロティシズムに振り切った作品に挑戦したかったことなどタイミングが合致していたと小川洋子を研究されていた参加者に聞いた。これ以降、彼女は性描写を露骨にやることはなくなって久しいのでやり切ったのだろう。彼女は性の運動や情感より、部位に対するフェティシズムに興味関心が向いていることも参加者全員で合致した意見だった。

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