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ネガティブ思考はやむを得ない!?

脳はネガティブなことに強く反応する

 あなたはある商品のマーケターだとします。ある日、担当の商品が、消費者調査で第1位を獲得したというニュースをウェブで知りました。同時に、その商品に対して、お客様からクレームが入ったというメールを受信しました。この同時に飛び込んできた2つのニュースに対して、あなたの脳はどちらにより強く反応するでしょうか?

 どうやら、私たちの脳は、ポジティブなことよりもネガティブなことに強く反応しやすいようです。アメリカの著名な心理学者ジョン・カシオッポ博士らは、25人の参加者に、ポジティブ感情を想起させる写真(遊園地で楽しむ人々の写真など)、ネガティブ感情を想起させる写真(銃の写真など)、そして、そのどちらでもない中立な写真(お皿やヘアドライヤーの写真など)を見せ、その時の参加者の脳の反応を脳波計で測定する実験を行っています。

 実験の結果、ポジティブな写真や中立の写真よりも、ネガティブな写真からの刺激に、脳は最も強く反応することがわかりました。この実験で測定されたのは「事象関連電位」という、思考認知の結果として生じるの反応で、特に、記憶予測注意や心理状態の変化などによって発生するといわれています。人は進化の過程で、様々な外敵から身を守るために、ネガティブなイベントをいち早く察知し、それを未然に回避するように脳が発達したと考えられており、これを「ネガティビティ・バイアス」といいます。であれば、私たちがネガティブ思考になってしまうのは、やむを得ないともいえますね。

ポジティブ感情の科学的な効果

 仕事で何かミスをしてしまった時、上司や同僚から、「ポジティブ思考で行こう!」と言われても、なかなか素直に受け入れない人も多いのではないでしょうか?私自身も、無理やりポジティブ思考になろうと思っても成功した試しがありません。やはり、先述のネガティビティ・バイアスの存在は、強力なのかもしれません。しかし、以下に述べるポジティブ感情の科学的な効果を知ると、「ポジティブ思考は大事かも」ときっと思えると思います。

 アメリカの著名なポジティブ心理学者、バーバラ・フレドリクソン博士は、怖い映像を見て活発になった交感神経活動が、最も早く元通りになるのは、次のいずれの映像を見た時か、実験しました。(1)楽しい映像(子犬や波の映像)、(2)悲しい映像(泣いている場面の映像)、(3)中立な映像(棒切れの映像)。

 結果は、(1)の楽しい映像を(約2分間)見ると、20秒もしないうちに、交感神経活動が元通りに戻ったのです。一方、(3)の中立な映像では、元通りになるのに2倍の40秒、(3)の悲しい映像に至っては、3倍の60秒もかかりました。つまり、ネガティブな出来事が起きて、交感神経が興奮し、心血管系の反応(心拍数、血圧)が高まっても、ポジティブな感情になると素早く元通りになる可能性が、科学的に示されたのです。これをフレドリクソン博士は「元通り効果(Undoing Effect)」と呼んでいます。ネガティブ感情に襲われた時は、この「元通り効果」を意識して、自分がポジティブになれる動画(例えば、動物の赤ちゃんの動画や、お笑い動画など)などを見て、交感神経の興奮を短時間で元に戻しましょう。

ストレス緩衝材としてのポジティブ感情

 ポジティブ感情の科学的効果として、さらに興味深い研究があります。ポジティブ感情は、人がストレスにさらされたときに、いわば、緩衝材のような役割を果たすのではないかという「ストレス緩衝仮説」を、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校心理学部のセオドア・F・ロブレス博士らは検証しました。

 実験では、60人の健康な成人を対象に、ポジティブな感情を持ちやすい性格かどうかを測定しました。次に、参加者全員の皮膚に医療用のテープを貼り付けて、それを剥がし、皮膚保護膜を壊した後に、どのくらいの時間で皮膚の保護膜が回復するかを調べました。その過程で、参加者には、心理的なストレス負荷がかけられました。

 結果は、ポジティブな感情を持ちやすい性格の人は、ストレス負荷後の皮膚保護膜の回復が早かったのです。また、別の実験では、夫婦の仲が良く、サポート関係があると、傷の回復が早く夫婦間の不和が多い夫婦は傷口の治癒が遅いことも明らかになりました。

 これらの研究から、ポジティブ感情は、ストレスに対する緩衝材の役割を果たし、心だけでなく皮膚を治癒する力にもなることがわかりました。どうでしょうか、これならポジティブ思考になろうという気になるのではないでしょうか?

参考文献:
・Ito, T. A., Larsen, J. T., Smith, N. K., & Cacioppo, J. T. (1998). Negative information weighs more heavily on the brain: the negativity bias in evaluative categorizations. Journal of personality and social psychology, 75(4), 887.他
・Fredrickson, B. L., & Levenson, R. W. (1998). Positive emotions speed recovery from the cardiovascular sequelae of negative emotions. Cognition and Emotion, 12, 191-220.,
・Fredrickson, B. L., & Joiner, T. (2002). Positive emotions trigger upward spirals toward emotional well-being. Psychological Sciences, 13, 172-175.
・Robles, T. F., Brooks, K. P., & Pressman, S. D. (2009). Trait positive affect buffers the effects of acute stress on skin barrier recovery. Health Psychology, 28, 373-378.,
・Kiecolt-Glaser, J. K., Loving, T. J., Stowell, J. R., Malarkey, W. B., Lemeshow, S., Dickinson, S. L., & Glaser, R. (2005). Hostile marital interactions, proinflammatory cytokine production, and wound healing. Archives of General Psychiatry, 62, 1377-1384.

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