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人は年をとるほどポジティブになる!?


年齢とウェルビーイングの関係


近年、ウェルビーイングという概念に注目が集まっていますが、ウェルビーイングは直訳すると、「健康、幸福、福祉」といった意味になります。また、WHO(世界保健機関)は健康の定義の中で、以下の通り、「ウェルビーイング」という言葉を明記しています。

「健康とは、単に疾病がない状態ということではなく、肉体的精神的、そして社会的に、完全に満たされた状態(complete physical, mental and social well-being)にあること」

そして、近年は企業経営においても、「働き方改革」や「健康経営」といった従業員の生活の質を向上させる取り組みが盛んになっており、それらが目指すのは、従業員のウェルビーイングの向上です。

このように注目を集めるウェルビーイングですが、年齢との関係について、興味深い研究を紹介します。(欧米の研究ですが、日本人にもとても参考になると思います)

アメリカのダートマス大学経済学部のデヴィッド・G・ブランチフラワー博士と、イギリスのウォリック大学経済学部のアンドリュー・J・オズワルド博士は、アメリカ人を対象にした調査データ(1972-2006)と、西ヨーロッパ人を対象にした調査データ(1976-2002)を使って、50万人以上を対象に、年齢とウェルビーイングの関係を分析しました。

その結果、アメリカ人も西ヨーロッパ人も、男女ともに、ウェルビーイングと年齢の関係が逆U字の関係であることがわかりました。つまり、中年時に最もウェルビーイングが低下した後、人生の後半にかけてウェルビーイングが上昇してくる傾向が見られたのです。

具体的には、アメリカ人男性は52~53歳、女性は38~39歳で、最もウェルビーイングが低くなることがわかりました。また、西ヨーロッパ人は男女共に46~47歳で、最もウェルビーイングが低くなることがわかりました。そして、この傾向と一致して、「抑うつ」の指標が40代後半で最も高くなることもわかりました。

このように中年時にウェルビーイングが最も低下した後に、人生の後半にかけて上昇する理由ですが、人は加齢に伴い、自分の強みと弱みを理解し、現実に適応することで、実現不可能な願望を持たなくなり、現実を受け入れるようになるからではないか、と研究者らは考察しています。この結果は、人は年を重ねるごとにポジティブな思考になるという他の研究結果とも整合しますので、次に紹介します。


人生の残り時間を意識すると・・・


スタンフォード大学のローラ・L・カーステンセン博士が提唱した興味深い理論があります。その名は、

  社会情動的選択性理論

名称はとても難しいですが、内容はとてもわかりやすいので、以下に記載します。

年を重ねて人生の残り時間が少なくなると、人は意味のある目標や活動に自分の資源を投じることを重視するようになるため、注意や記憶の過程で、ネガティブな情報よりもポジティブな情報を好んで取り入れるようになるという理論です。

20代、30代だと、まだまだ人生は先が長いと思う人が多いでしょうから、長い人生に備えて、仕事で使える知識を得るための勉強に時間やお金を投資したり、いずれどこかで役に立つことがあるかもしれないと思って、苦手な人とも我慢して付き合ったりといったことが起きやすいということは想像に難くないですよね。そうすると、ネガティブな思考になることもそれなりの頻度であるでしょう。

一方、60代、70代になってくると、個人差はあると思いますが、人生の残り時間について考え、時間の価値を重く捉えるようになるため、なるべく苦しいことや嫌なことを考えず、明るく楽しいことを考えたくなるということなのですが、これは十分頷けるのではないでしょうか。

このように通常の感覚に照らしても、この社会情動的選択性理論は納得感がありますが、これを実証した研究を次に紹介します。


加齢とポジティブ思考


社会情動的選択性理論の提唱者であるローラ・L・カーステンセン博士は、この理論を実証するために、若年者(18~29歳)、中年者(41~53歳)、年配者(65~80歳)各48人を対象に実験を行いました。

実験では、参加者は全員モニターの前に座り、2秒間隔でランダムに表示される32枚の画像を見て、15分後、見た画像について記憶していることを書き記すように指示されました。ここで見る画像は、32枚の写真(ポジティブな写真8枚、ネガティブな写真8枚、中立の写真16枚)です。

全画像の閲覧が終わった後、各参加者が見た画像について記述した内容を分析しました。

その結果、若年者はポジティブな写真とネガティブな写真を同程度の枚数記憶していたのに対して、年配者はポジティブな写真をネガティブな写真の約2倍記憶していることがわかりました。ちなみに、中年者は、ポジティブな写真がネガティブな写真をやや上回りました。

また、ローラ・L・カーステンセン博士の別の実験では、184人のアメリカ人(18~94歳)を対象に、1週間、その時々(ランダムに1日5回)の感情を記録してもらい、年齢と感情の関係を分析しました。

その結果、高齢になる程、ポジティブ感情を経験する状態やネガティブ感情がない状態が持続する傾向が見られました。また、高齢になる程、多様な種類のポジティブ感情(例えば、誇り、幸福、楽しみ、達成など)を経験する傾向があることもわかりました。

これらの研究結果から、社会情動的選択性理論が示すように、人は加齢によって、ネガティブなものよりもポジティブなものにより目を向ける可能性があることが示唆されました。私たちは、人生の残り時間を意識するにつれて、意味のあるものにより注意を払うようになるということですね。

このような習慣は何も年を取ってからではなく、早く身につけるに越したことはありませんね。スティーブ・ジョブズの有名なスピーチを引用して締め括りたいと思います。

「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直した方がよい。」

参考文献:

・Blanchflower, D. G., & Oswald, A. J. (2008). Is well-being U-shaped over the life cycle?. Social science & medicine, 66(8), 1733-1749.
・Charles, S. T., Mather, M., & Carstensen, L. L. (2003). Aging and emotional memory: the forgettable nature of negative images for older adults. Journal of Experimental Psychology: General, 132(2), 310.
・Carstensen, L. L., Pasupathi, M., Mayr, U., & Nesselroade, J. R. (2000). Emotional experience in everyday life across the adult life span. Journal of personality and social psychology, 79(4), 644.
・「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳(米スタンフォード大卒業式(2005年6月)にて)日本経済新聞電子版 2011.10.9 https://www.nikkei.com/article/DGXZZO35455660Y1A001C1000000/


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