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気分や思考をリセットする「白紙効果」

罪の意識は洗い流せる?


シェイクスピアの戯曲『マクベス』をご存知でしょうか?将軍マクベスが妻と謀って王を暗殺し王位に就きますが、マクベスの妻は罪の意識から、王の殺害後、自らの体を執拗に洗い流します*。このように自分の道徳感が脅かされると、自分の身をきれいに洗い流したくなる効果を学者は「マクベス効果」などと呼びますが、これについて実証した研究があるのでご紹介します。

カナダのトロント大学ロットマンスクールオブマネジメントのチェン博士らは、人は罪悪感を感じた後に「洗浄」することで、その罪悪感は洗い流され、以後、「罪滅ぼし的な行為」(例えば、ボランティア)への関心が低下するのかについて興味深い実験を行いました。

実験では、45人の大学生に過去の自らの非倫理的な行為を詳細に思い出してもらい、その時の感情を記述してもらいました。次に、参加者は2つのグループに分かれ、1つのグループは消毒液で手を洗浄し、もう1つのグループは何もしませんでした。最後に参加者全員が以下の質問に回答しました。

「勉強に困っている大学生をボランティア(無給)で手助けしてくれませんか?」

その結果、手を洗浄しなかったグループでは74%がボランティアを承諾したのに対し、手を洗浄したグループでは承諾したのは半分以下の41%でした。そして、手を洗浄したグループは洗浄後に、「モラル感情」(嫌悪感、後悔、罪悪感など)が低下していました。

これはまさに「マクベス効果」の表れと言えます。つまり、手を洗浄したことで、それまで感じていた罪悪感が薄れ、罪滅ぼし的な行為(ボランディアで学生の勉強を助ける)に対する興味・関心が低下したと考えられます。次に、手洗いによる効果は、何も罪悪感に限らないことを明らかにした研究をご紹介します。


手洗いによる目標の「白紙効果」

 

今度は、罪悪感ではなく、設定した目標に対する手洗いの効果についての興味深い実験をご紹介します。こちらもカナダのトロント大学のピン・ドン博士らの実験です。

実験では、103人の大学生を対象に、まずは学業の目標に対する意識が高まるように単語の並べ替え課題に取り組んでもらいました。(英単語を正しく並べ替えると「良い成績をとる」という意味になる)その後、参加者は消毒用ウェットティッシュの製品評価をするという架空の課題を課され、参加者の半分は実際にそのウェットティッシュで手を拭きましたが、残りの半分はただ眺めるだけでした。最後に、再び単語の並べ替え課題に取り組んでもらいましたが、今度は学業に関する単語(試験、図書館、本など)に加え、それとは真逆の遊びに関する単語(飲酒、クラブ、休暇など)を追加しました。そして、ウェットティッシュで手を拭いたグループと拭かなかったグループの単語並べ替え課題の成績を比較しました。

結果はともて興味深いものでした。ウェットティッシュで手を拭いたグループは、拭かなかったグループよりも学業に関する単語の並べ替えの成績が約27%も低かった一方で、学業とは真逆の遊びに関する単語の並べ替えの成績は約28%も高かったのです。

つまり、手を拭いたことで、当初の目標(学業)への意識が低下し、それとは真逆の目標(遊び)への意識が高まったと考えられ、研究者らはこれを「白紙効果」と呼んでいます。手を洗浄することで、罪悪感だけでなく、目標もリセットされるということですね。


「白紙効果」を休息とクリエイティビティに活かす


ここでは、「白紙効果」の意味を2つ考えてみたいと思います。1つ目は、「白紙効果」は休息に役立つという点です。ドイツのコンスタンツ大学の研究では、個人が仕事から解放され、回復するために重要な要素の1つとして、「心理的ディタッチメント(離脱)」を挙げています。これは、仕事を終えたら物理的に仕事(職場)から離れるだけでなく,心理的にも仕事から離れることが重要であるという考えです。手を洗うという単純な行為で得られる「白紙効果」は、この心理的ディタッチメント(離脱)に役立ち、休息の質を上げてくれる可能性があります。

2つ目は、「白紙効果」はクリエイティビティに役立つという点です。社会心理学者のグラハム・ワラスは、創造性が生まれる4段階として、①準備期、②あたため期、③ひらめき期、④検証期を挙げていますが、②あたため期では、煮詰まった頭を一度リフレッシュさせ、問題から意図的に距離を置くことが大事だと説いています。そこで、この「白紙効果」が役に立ちます。つまり、ある程度のところまでアイデアを考え、煮詰まってきたら、手を洗って「白紙効果」を利用して、それまでに出したアイデアから距離を置いてみましょう。すると、思わぬ時に、③ひらめき期(つまり、画期的なアイデア)が降ってくるかもしれません。

このように、手を洗浄するという単純な行為だけで、私たちの気分や思考はリセットされる可能性があることがわかりましたので、仕事のアクセントに「手洗い」を取り入れてみてはいかがでしょうか。

参考文献:
*ウィキペディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/マクベス_(シェイクスピア))
・Zhong, C. B., & Liljenquist, K. (2006). Washing away your sins: Threatened morality and physical cleansing. Science, 313(5792), 1451-1452.
・Dong, P., & Lee, S. W. (2017). Embodiment as procedures: Physical cleansing changes goal priming effects. Journal of Experimental Psychology: General, 146(4), 592.
・Sonnentag, S., & Fritz, C. (2007). The Recovery Experience Questionnaire: development and validation of a measure for assessing recuperation and unwinding from work. Journal of occupational health psychology, 12(3), 204.
・Wallas, G. (1926). The art of thought (Vol. 10). Harcourt, Brace.

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