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反応する心と言葉


ちょっと暇な時間ができるとすぐにスマホゲームをしてしまう、アプリからの通知が来ると適切でない時でもすぐに内容をチェックせずにはいられない、アルコールやジャンクフードをついつい過剰に摂取してしまう、他人の一言についカッとなってしまう等、沸き起こる衝動に対して、セルフコントロールを必要とする場面が、私たちの日常生活では多々あります。

神経科学の観点からみると、衝動は、脳の奥深くに位置する大脳辺縁系から生み出される無意識の反応です。それに対して、脳の前方に位置する前頭前皮質(前頭前野)は、大脳辺縁系から送られてきた衝動をよく吟味し、適切な反応になるように調整します。そのおかげで、私たちは衝動をそのまま行動に移してしまうことを防げるのですが、疲れていたりすると、この前頭前皮質によるセルフコントロールに失敗してしまい、衝動のままに暴走してしまうことがあります。

セルフコントロールを効かせ、衝動にうまく対処するには、色々な方法がありますが、非常に簡単な方法として、「言葉の力」を利用する方法があります。

東京大法学部出身で会社員の経験もされた後に、30代半ばで出家されて僧侶になられた草薙龍瞬さんの著書『反応しない練習』はとても興味深い本です。この本では、ブッダの教えとは「心のムダな反応を止めることで、いっさいの悩み・苦しみを抜ける方法」であると書かれています。そして、衝動を含む、心のムダな反応に対処する方法として、「言葉の力」を利用することについて書かれていますので、以下、引用させていただきます。

悩みの始まりには、きまって、”心の反応”があるのです。
心がつい動いてしまうことーそれが悩みを作り出している”たった1つのこと”なのです。
だとすれば、全てのや悩みを根本的に解決できる方法があります。それはー”ムダな反応をしないこと”です。

(中略)

反応せずに、まず理解するーこれが悩みを解決する秘訣です。
特に「心の状態を見る」という習慣を持つことで、日頃のストレスや怒り、落ち込みや心配などの「ムダな反応」をおさえることが可能になります。

草薙龍瞬(著) .(2015).反応しない練習.KADOKAWA


そして、「心の状態を見る」のに有効な方法の1つとして、「言葉で確認する」という方法があると書かれています。例えば、衝動的にスマホゲームのアプリを起動しようとしている時は、「退屈な心が刺激を求めている」と(実際に心の中で)言って、言葉で確認します。適切でないタイミングで来るアプリからの通知に思わず反応しようとしている時は、「心がざわついて気になって仕方がない」と(実際に心の中で)言って、客観的に確認する感じです。言葉で確認すると、「反応から抜け出すことができる」ので、心は落ち着きを取り戻すようです。

一方で、言葉の使い方を間違えると、逆にセルフコントロールを弱めてしまうこともあるようです。


言葉の力は諸刃の剣


頭の中のひとり言とセルフコントロールの関係について、カナダのトロント大学心理学部のアレクサ・M・タレット博士らは、とても興味深い実験を行いました。

実験では、37人の大学生を2つのグループに分け、衝動的な行動を取る回数を測定するための課題(コンピュータ画面に黄色の四角が表示されたらボタンを押し(Go)、紫の四角が表示されたらボタンを押すのを控える(No Go)というGo/NoGo課題)に取り組んでもらいました。ただし、1つのグループは、この課題をやりながら、頭の中で「コンピューター」という単語をひとり言として呟き続けるように指示され、もう1つのグループは、利き手ではない方の手で円を描き続けるように指示されました。

さて、衝動的な行動を取る回数は、どちらのグループが多かったでしょうか。

分析の結果、「コンピュータ」という単語をひとり言として呟くように強制されたグループは、押してはいけないボタンを衝動的に押してしまうミスが、円を描き続けたグループよりも約38%多いことがわかりました。

これは、無関係な単語(「コンピューター」)を呟くことによって、セルフコントロールが低下し、衝動的な行動が増えてしまったと考えられます。裏を返すと、上述のように、「心の状態を見る」のに適した言葉を呟けば、セルフコントロールが高まり、衝動的な行動の抑制に役立つことが示唆されます。


よく使う言葉を控えるとセルフコントロールが高まる!?


衝動を抑え、セルフコントロールする能力を高める方法について、アメリカのノースウェスタン大学心理学部のイーライ・J・フィンケル博士らは面白い実験を行いました。

実験では、4ヶ月以上付き合っている交際相手がいる40人の大学生を対象に、2週間、セルフコントロールする能力を高めるトレーニングをしてもらい、その後、交際相手への暴力への衝動が下がるか否かを調査しました。

トレーニングといってもごく簡単なもので、1つのグループは、2週間(1日おきに)、利き手を使わずに生活に必要な行動(歯磨き、ドアを開ける、ナイフで食べ物を切る、ハサミを使う、PCのマウスを操作する等)をするように指示されました。また、もう1つのグループは、2週間、毎日、朝8:00から夕方6:00まで、"I”(私は)という言葉を使わずに生活するように指示されました。そして、最後のグループは何も指示されませんでした。

2週間後、再び実験室に集合してもらい、あるストーリー(交際相手の浮気についてのリアルな描写)を読んでもらい、暴力への衝動を測定したところ、セルフコントロールする能力を高めるトレーニングをした2つのグループ(利き手を使わない、”I”(私は)という言葉を使わない)はいずれも、何もしなかったグループよりも暴力への衝動が格段に低下していることが明らかになりました。

この研究は、日常生活で、ちょっとした不便を我慢するだけで、衝動の欲求をグッと抑えることができることを示唆していますが、その中でも、「言葉」がセルフコントロールに与える影響の大きさを窺い知ることができます。

このように、言葉の力は、良くも悪くもセルフコントロールに影響を与えることがわかりましたので、言葉の力を意識的にうまく利用したいですね。


まとめると、

① 衝動が沸き起こった時は言葉で確認をすることで、心の反応を鎮める。

② セルフコントロールが求められる場面では、無関係な言葉を呟かない。

③ よく使う言葉の使用を、あえて一定期間封印し、セルフコントロールする能力を高める。

ということになります。

セルフコントロールを上手く効かせられるようになれば、日常生活の良いリズムや人間関係を円滑に保っていくのにとても役立ちますので、ぜひ言葉の力を意識してみましょう。


参考文献:
・草薙龍瞬(著) .(2015).反応しない練習.KADOKAWA
・Tullett, A. M., & Inzlicht, M. (2010). The voice of self-control: Blocking the inner voice increases impulsive responding. Acta psychologica, 135(2), 252-256.
・Finkel, E. J., DeWall, C. N., Slotter, E. B., Oaten, M., & Foshee, V. A. (2009). Self-regulatory failure and intimate partner violence perpetration. Journal of personality and social psychology, 97(3), 483.


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